
「自分が上手になるために、人に教えるのはとても良いことだよ」
学生時代、私の恩師がふと漏らしたこの言葉を、当時の私はどこか他人事のように聞いていました。
当時の私の夢は、純粋な「演奏家」として生きていくこと。
ステージの上でライトを浴び、ピアノを弾くことだけで生活していきたいと、それだけを願っていました。
正直に言えば、ピアノの先生という職業に対して、強い憧れを抱いていたわけではありません。
しかし、現実は甘くありませんでした。
演奏活動だけで食べていける一握りの存在になれるほど、音楽の世界は容易な場所ではありません。
私は生活のために、いわば「背に腹は代えられない」という思いでピアノ講師の仕事を始めました。ところが、数年が経った今、私はあの時の恩師の言葉を、身に染みるような実感とともに反芻しています。
生活のために始めたはずの指導の現場は、今や私にとって、演奏家としての自分を磨き上げるための「最高の学び場」となっているのです。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
楽譜の「裏側」を、生徒とともに探る旅

ピアノ講師として日々向き合う曲は、必ずしも自分が過去に弾いたことのある曲ばかりではありません。
特に大人の生徒さんの場合、私の知らないニッチな名曲や、あえて避けてきた難曲を持ってこられることもあります。
そんな時、私は生徒さんと一緒に、まっさらな楽譜の前に立ちます。
「なぜ、ここにこの音があるのだろう?」
「作曲家は、どんな想いでこの和音を選んだのだろう?」
一人で自分の練習に向き合っていると、どうしても「指をどう動かすか」という主観的な視点に偏りがちです。
しかし、先生という「客観的な立場」で生徒と一緒に楽譜を読み解いていくと、学生時代には見えなかった作曲家の意図や、緻密な構成が鮮やかに浮かび上がってきます。
生徒さんの目線を通じて作品を捉え直すことで、私自身の音楽の世界もまた、かつてないほど豊かに広がっていく。
その発見の連続が、今の私にはたまらなく面白いのです。
生徒へのアドバイスは、自分への「ブーメラン」

レッスン中、生徒さんに熱心に伝えている言葉が、ふと自分自身の胸に突き刺さることがあります。
「もっと考えて練習しよう。
いつも初めからただ弾き飛ばすのではなく、フレーズの重心がどこにあるのか、この音がどんな響きを求めているのか、
いろいろなことを考えながら練習するの。」
そう言いながら、私は心の中で苦笑いします。私自身、実は昔から「早く弾き飛ばす癖」があるからです。
部分練習を疎かにし、感覚だけで突っ走ってしまう危うさを、私自身が誰よりも知っています。
自分が苦労しているからこそ、生徒さんには同じ遠回りをさせたくない。
そう願って発するアドバイスは、そのまま私自身への戒めとなって返ってきます。
生徒さんに「理性的な練習」を説くことで、私自身もまた、自分の練習をより冷静に、より深くコントロールできるようになっているように思えます。
「できない理由」を分析することで、真のテクニックが生まれる

講師としての仕事は、ある意味で「分析の連続」です。
自分にとっては無意識に、いとも簡単にできてしまったことが、生徒さんにとっては高い壁になる。そんな場面に、私たちは何度も遭遇します。
「なぜ、この16分音符は転んでしまうのだろう?」
「なぜ、この和音の掴み方で苦労しているのだろう?」
こうした問いに対し、感覚ではなく言葉で説明しようと試行錯誤する中で、私は自分自身のテクニックの「裏付け」をとることができました。
なんとなくできていたことに、確固たる理由と理論を与える作業。それは、私の中に「真のテクニック」を再構築するプロセスでもありました。
振り返ってみれば、私は「指を動かして音を並べる」という点においては、あまり苦労した記憶がありません(本当の意味で苦労したのは、その先にある「表現」や「音作り」でした)。
だからこそ、生徒さんのつまずきを分析し、解決策を提示していく過程は、私自身の技術をより強固なものにしてくれたと感じています。
完璧じゃないからこそ、響き合うものがある

今の私は、学生時代に思い描いていた「演奏オンリー」の生活とは少し違う場所にいます。でも、今の自分の方が、当時よりもずっと深く音楽を愛せているという確信があります。
「自分も完璧にできないくせに、人に教えていいのだろうか」と悩んだ時期もありました。このブログについてもそうです。
けれど、自分が苦労し、今もなお学び続けているからこそ、生徒さんの痛みがわかる。一緒に悩み、一緒に発見を喜ぶことができる。
教えることは、決して一方通行の伝達ではありません。生徒さんのひたむきな姿に、私自身が「音楽の原点」を教わっているのです。
もし今、かつての私のように「教えること」に迷いを感じている人がいたら、伝えたい。
ピアノ講師という仕事は、あなたの演奏を奪うものではありません。
むしろ、あなたの音楽をより深く、より確かなものへと育ててくれる、かけがえのない学びの場なのです。
今日もまた、レッスン室の扉が開きます。
次はどんな発見が待っているのか。私は一人の演奏家として、そして一人の講師として、生徒さんと共に音楽の深淵へと足を踏み入れるのを楽しみにしています。
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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

