♯238 ピアノが上達しない大人の盲点。ベテランほど陥る「自己流の罠」とフィードバックの重要性


「最近、自分の演奏が足踏みしている気がする」
「先生や周囲から褒められはするけれど、本当に上手くなっているのだろうか?」

ピアノを長く続けている大人、あるいは専門的に学んできた経験者ほど、こうした言いようのない不安に駆られる瞬間があるのではないでしょうか。

大学院を卒業して数年。演奏活動や指導の現場に身を置く中で、私はある恐ろしい事実に気づきました。それは、「ある程度のレベルに達した大人には、誰も本気のアドバイスをしてくれなくなる」という現実です。

今回は、私が実際に遭遇したあるベテラン伴奏者のエピソードを交えながら、私たちが「裸の王様」にならないために、なぜ今、能動的なフィードバックが必要なのかを深く考察します。

筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

演奏会情報・無料個別相談はLINE公式アカウントから

演奏会への出演情報のご案内、ピアノや練習に関する個別のご相談はLINE公式アカウントでお知らせ・やり取りします。

ご相談は1対1のやり取りとなり、他の方に内容がみられることはありません。
配信は必要なときのみ行っていますので、お気軽にご登録ください。

影で囁かれる「ベテラン伴奏者」の悲劇

以前、ある演奏現場で耳にした話が、今も私の胸に深く突き刺さっています。その方は、長年伴奏者としてキャリアを積んでこられた、いわゆる「ベテラン」の先生でした。

周囲はその先生を立て、表面上は敬意を払っていました。しかし、先生がいない場所では、共演者たちからこんな本音が漏れていたのです。

「あの先生の伴奏、正直あまり上手じゃないよね」
「独特の癖が強すぎて、歌いにくい」

本人には決して届くことのない、残酷な評価。その先生はおそらく、自分の演奏が周囲にどう響いているのか、客観的に把握できていなかったのでしょう。

長年の経験が「自信」という名のフィルターになり、いつの間にか「自分のスタイル」が「独りよがりな癖」へと変質してしまっていたのです。

この話を聞いたとき、私は背筋が凍るような思いがしました。「自分もいつか、あのように言われる日が来るのではないか?」と。

大人になると訪れる「アドバイスの空白地帯」

大学・大学院という守られた環境にいた頃は、師事する先生から毎日のように厳しい指摘を受けていました。音色、リズム、解釈……時には人格を否定されたように感じるほどの叱咤激励もありましたが、そこには常に「成長」という明確な出口がありました。

しかし、社会に出ると状況は一変します
ある程度のキャリアを積み、教える立場になったり、現場で役職に就いたりすれば、周囲は気を遣って本当のことを言わなくなります

演奏に違和感があっても、「先生の個性ですから」「味がありますね」と、当たり障りのない言葉で片付けられてしまう。

この「アドバイスの空白地帯」こそが、大人の演奏家にとって最大の敵です。

自分一人で正しい位置に踏みとどまり、客観性を保ち続けることは、私たちが想像する以上に困難なことなのです。

「自分の耳」は、都合よく書き換えられてしまう

なぜ、自分一人での練習には限界があるのでしょうか。それは、人間の脳が「自分の出している音」を、自分の理想のイメージで勝手に補完して聴いてしまうからです。

特にピアノ歴が長い人ほど、指の動きに「慣れ」が生じます。その慣れは、無意識のうちにリズムの微細な揺れや、特定の指の打鍵の弱さといった「悪い癖」を生み出します。

自分では完璧にコントロールしているつもりでも、第三者の耳には、その癖が音楽の純度を濁らせるノイズとして映ってしまいます。

先述したベテランの先生も、決して手を抜いていたわけではないはずです。むしろ、自分の中では「これがベストだ」と信じて疑わなかったのでしょう。

しかし、外部からの新鮮な視点(フィードバック)を遮断してしまった結果、自分の音楽をアップデートする機会を完全に失ってしまったのです。

積極的に「耳」を借りに行く勇気

こう言っては申し訳ないですが、私は、その先生のようにはなりたくありません。年齢を重ねるごとに、ワインが熟成するように、ピアノの音色もより深く、より洗練されたものにしていきたい。

そのためには、自分から積極的に「本気のアドバイス」を取りに行く必要があります

私が実践している、フィードバックを絶やさないための方法は以下の3つです。

  1. 信頼できる師匠を持ち続ける: 自分のキャリアに関わらず、定期的に「この人には敵わない」と思える先生の前で演奏し、徹底的に解体してもらう。
  2. 録音・録画を「他人の演奏」として聴く: 自分の演奏を最も残酷に映し出すのは機械です。「こんなはずじゃない」という現実を直視することから逃げない。
  3. 信頼できる周りの人の意見を聞きに行く: 師匠以外にも良き耳を持った音楽通な人がいる。自分の成長のために、意見を言ってくれるであろう信頼できる人に積極的に聞きに行く。

「教えてもらう」という行為は、時にプライドを傷つけます。しかし、その一時的な痛みを避けて得られる安寧よりも、私は「気づかぬうちに下手になっていく恐怖」の方がずっと大きいです。

謙虚さは、技術を裏切らない

「謙虚であること」は、単なる道徳的な美徳ではありません。音楽家にとっては、上達し続けるための「最も実利的な戦略」です。

どれだけ経験を積んでも、自分はまだ完成していない。その前提に立つことで、初めて他者のアドバイスが血肉となります。

大学院を出て数年、まだ「長年」とは言えない時期だからこそ、今のうちにこの「フィードバックを受け入れる回路」を太くしておきたいと考えています。

年とともに指の動くスピードは落ちるかもしれません。しかし、耳を澄ませ、他者の声に真摯に耳を傾ける姿勢を持ち続ければ、音楽の解釈や音の深みはどこまでも進化させることができるはずです。

【結びに】

私はこれからも、積極的にフィードバックをもらいに行きます。たとえそれが耳の痛い言葉であっても、それを言ってくれる人は、私の音楽の寿命を延ばしてくれる恩人です。

「裸の王様」にならないために。そして、死ぬまでピアノが上手くなり続けるために。

いくつになっても謙虚な心を忘れず、新しい風を自分の音楽に取り入れ続けたい。それが、音楽という果てしない道を歩む者の、最低限の嗜みだと思うのです。

★演奏会のお知らせ★

2026年10月12日(月祝)彩の国さいたま芸術劇場小ホールにて、チェロ奏者の入江晴美さんとのコンサート、「橋本智菜美ピアノリサイタルシリーズⅡ Duo Recital ーブラームスに寄せてー」を開催いたします。18:00開演(17:30開場)。

チケットお申し込みはこちらまで→chinalustig.bbb16@gmail.com

演奏会情報・無料個別相談はLINE公式アカウントから

演奏会への出演情報のご案内、ピアノや練習に関する個別のご相談はLINE公式アカウントでお知らせ・やり取りします。

ご相談は1対1のやり取りとなり、他の方に内容がみられることはありません。
配信は必要なときのみ行っていますので、お気軽にご登録ください。

筆者プロフィール:

4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA