♯87 一音で伝わる音楽──“はじめの音”をどう弾くか

練習法と上達のヒント

ピアノを弾くとき、私たちは無数の音を重ねて音楽をつくっています。
ですが、本当に“聴く人の心”を動かすのは、その最初の「音」かもしれません。

リサイタルでも、レッスンでも、最初の一音が響いた瞬間に、会場の空気が変わることがあります。
音がまだ続いていないのに、すでに「その人の音楽」が伝わってしまう。
それが、はじめの音の力です。

4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける筆者が、

ピアノ演奏における「はじめの音」の大切さを解説します。


一音めは、指の動きよりも心の準備が先にあります
鍵盤に触れる前に、呼吸を整え、音のイメージを描く。

その「沈黙の数秒」が、音の質を決めます。

よく、音を「探りながら」弾き始めてしまうことがあります。
けれど、音を出す前にすでに心の中で鳴っている音があるかどうかーーそれが、演奏の“軸”になります。

どんなテンポで、どんな空気で始めるのか。
自分の中にその世界をつくってから、そっと鍵盤に指を置く。

その一瞬の集中が、音をまっすぐ届けてくれます。


はじめの一音を弾くとき、「どんな音を出そう」と思うよりも、
「どんな響きを空間に残したいか」を考えると、音が自然に変わります。

例えば、バッハなら祈るように、モーツァルトなら明るく澄んでいるように、
ショパンなら語りかけるように──。
作曲家ごとに、音の“生まれ方”が違います。

ピアノは打楽器でもありますが、ただ叩くだけでは音は伝わりません。

音が出たあとに広がる響きの余白を感じること。

それが“届く音”への第一歩です。


ステージに立つとき、心拍数は上がり、呼吸も浅くなります。
それでも、最初の音を出すその瞬間だけは、
自分の時間を取り戻すように、ゆっくり深呼吸をしてみてください。

観客が静まり返るその瞬間は、
演奏者が“音を選ぶ自由”を持てる、かけがえのない時間です。

はじめの音を「怖い」と思うのではなく、
「この一音から始められる喜び」として受け止める。

それだけで、音が優しく変わります。


・スケールの最初の音を“心でイメージしてから”弾く
・フレーズの最初の音だけを意識して練習してみる
・音を出す前に「どんな空気で弾きたいか」を1秒考える

この三つを続けていると、自然に音の出し方が変わります
一音で音楽が始まる感覚が、少しずつ育っていきます。


私がピアノを習っていた先生が、こう言っていました。
「最初のひとフレーズを聴けば、だいたい上手か下手か分かる。そこで興味をそそらなければ聴くのをやめてしまう先生もいる。」と。

自分の実体験から言っても、たしかに一音めからひきつけられる人と、そうでもない人の演奏は、その後の聴き方が変わる気がしています。

逆に言えば、一音めからひきつけられれば「お、この子上手そうだな」とそれだけでいい印象をつくれます。
(コンクールなど人と競う場面においては、特に有利になるはずです。)

ピアノの一音めは、人でいうところの「第一印象」。
それさえ良ければ他はなんでもいいというわけではありませんが、自分に興味を持ってもらう最初のチャンスです。

なんとなく弾き始めるのではなく、最初の一音から魂を込めた音を鳴らしたいものです。


“はじめの音”には、あなたのこれまでの練習も、気持ちも、想いも全部詰まっています。
どんなに長い曲も、その一音から始まります。

だからこそ、その瞬間を丁寧に、大切に。

一音を美しく弾ける人は、
どんな音楽も、自分の言葉で語ることができる人です。

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