♯251 ピアノで「上手いのに心に響かない演奏」と「なぜか心を打つ演奏」の決定的な違い


「ミスもなく指も速く動いているのに、なぜか聴き終わったあとに何も心に残らない演奏」
「ものすごく上手というわけではないのに、なぜか胸が熱くなり、深く心を打たれる演奏」

ピアノの演奏を聴いていて、このような不思議な違いを感じたことはないでしょうか?

「音楽なのだから、指が正確に回ってミスタッチがない人の方が素晴らしいはずでは?」と思うかもしれません。
しかし、現実のコンサートやコンクールでは、技術的に隙のない演奏よりも、どこかつたなさを残しながらも聴く人の涙を誘う演奏が存在します。

このふたつの演奏の「決定的な違い」とは、一体どこにあるのでしょうか?

今回は、私自身が過去に海外のコンクールで味わった挫折と、その翌日に起きた忘れられない出来事、そして恩師から授かった言葉を通して、ピアノの演奏において本当に大切な「心に響く音」の正体についてお話しします。

筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

決定的な違いは「何を感じ、何を伝えたいと思って弾いているか」

結論からお伝えします。上手いのに響かない演奏と、なぜか心を打つ演奏の違い。
それはひとえに、「弾いている演奏者が、自分自身で何を感じ、何をお客さんに伝えたいと思って弾いているかどうか」です。

極論を言えば、そこに表面的な技術の優劣は直接関係ありません。

もちろん、技術はあるに越したことはありません。自分が心の中で感じている景色や感情を思い通りの音として表現するためにも、タッチや身体の使い方といった技術は絶対に必要です。

しかし、ピアノに向かって日々練習を重ねるうちに、いつの間にか「上手に指や体を動かすこと」そのものが目的になってしまっている人が少なくありません。

技術はあくまで、自分の想いを音に乗せて相手に届けるための「手段」に過ぎないはずなのに、いつの間にか手段と目的が逆転してしまう。

ここに、上手いのに心に響かない演奏が生まれる最大の原因があります。

指は回るのに「また聴きたい」と思えなかった入賞者の演奏

コンクールという場においては、やはりミスがなく完成度の高い演奏が入賞するためには不可欠です。

いくら聴く人の心を揺さぶる感動的な演奏であっても、音をたくさん外してしまったり、暗譜が飛んでしまっているような演奏は、審査の場ではどうしても評価されにくいのが現実です。

以前、私自身があるコンクールに出場したときのことです。上位に入賞した方々の演奏を聴く機会がありました。

たしかに指も実によく回り、細かいパッセージまで徹底的に作り込まれていて、「すごいな」と素直に感心しました。

しかし、聴き終わったあとに私の心に残ったのは、どこか冷めた感覚でした。

「すごいとは思うけれど、もう一度聴きたいとは思わないな」と感じてしまったのです。心がまったく動かされませんでした。

「言われた通りにこなすだけ」だった私のコンクールでの挫折

そして、これとは逆の出来事が、私自身の身にも起きました。

別のコンクールに出場した際、私は先生に言われた注意点を意識しすぎるあまり、頭の中が「教わったことをミスなくこなすこと」ばかりで埋め尽くされて弾いてしまったのです。

結果は散々なものでした。自分よりも技術的には下手に思われた人が上位に入賞し、私自身はそのさらにいくつかの下の順位に沈んでしまったのです。

もちろん、審査員によって好みの違いもありますし、ピアノ以外の別の楽器を専門とする方が審査に入ると結果が大きく変わることもよくあります。

ですが、私は深く考えました。
「なぜ、私の演奏は評価されなかったのだろう?」

そのときに行き着いた答えは、「審査員の方々が、私の演奏に心を動かされなかったからではないか」ということでした。

当時の私は、「私はこの曲でこういうことを伝えたい!」と明確に考えて演奏していたでしょうか?
答えは、完全に「ノー」でした。私はただ、ステージの上で「先生の言った通りに指を動かす作業」をこなしていただけだったのです。

翌日の入賞者コンサートで起きた「ブラヴォー!」の瞬間

その悔しい反省を胸に、私は翌日、海外で行われた入賞者コンサートの舞台に立ちました。

前日の失敗があったからこそ、私は意識を根本から切り替えました。

「指の動かし方やミスのことなんて関係ない。私はこの曲の美しさと、自分が感じている想いを、客席の皆さんに絶対に伝えたい」

教えられたことをこなすためではなく、「自分の心にある想いを、目の前の人に届けること」だけに集中してピアノを弾きました。

演奏を終え、立ち上がってお辞儀をしたその瞬間。
客席から温かい拍手とともに、「ブラヴォー!」と力強く声をかけていただいたのです。

前日のコンクールから、私のピアノの技術が一夜にして劇的に上達したわけではありません。

変わったのはただひとつ、「伝えたい想いを音に乗せて弾いたかどうか」、それだけでした。

恩師の言葉:「技術は手段でしかない」

高校のときに習っていたピアノの先生にも、かつてこのようなことを言われたことがあります。

「最後は演奏で『何を伝えたいか』が大切なのよ。技術はそのための手段でしかないの。でも、それが逆になってしまっている人が本当に多いのよ」

この言葉の本当の重みが、自分自身のステージでの挫折と成功を通して、痛いほど理解できるようになりました。

美しいタッチを研究するのも、指を速く動かす練習をするのも、脱力を学ぶのも、すべては「自分の感じている音楽を、余すところなく音に乗せて人に届けるため」にあります。

決して技術を磨くこと自体がゴールではありません。伝えるべき「心」が真ん中になければ、どんなに磨かれたテクニックも、ただの空虚な運動になってしまうのです。

まとめ:ピアノに詳しくないあなたの「感動」は、絶対に間違っていない

もしあなたが、普段クラシックやピアノにそれほど詳しくないとしても、誰かの演奏を聴いて「なぜか涙が出た」「胸が熱くなった」という経験があったなら、その感覚をぜひ大切にしてください。

「自分は音楽の専門知識がないから……」と気後れする必要はまったくありません。

演奏者が「何を伝えたいか」を心から音に乗せて弾いている演奏は、理屈や知識を飛び越えて、ダイレクトに聴き手の心に届くものだからです。
あなたが感じたその心の動きは、絶対に間違っていません。

そして私自身も、ただ指が上手に回るだけの演奏者ではなく、聴いてくださる誰かの心を動かし、「また聴きたい」と思ってもらえるような演奏者であり続けたいと、今でもピアノに向かうたびに強く心に誓っています。

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筆者プロフィール:

4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。


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