インヴェンションはなぜピアノ学習に欠かせないのか
バッハの《インヴェンション》は、ピアノ学習における大切な基礎を育ててくれる宝物のような作品です。
単なる学習曲ではなく、「左右の手がそれぞれ独立して歌う」というポリフォニーの世界を体験できる教材として、多くのピアニストが学びの過程で必ず通る道でもあります。
この曲集を通じて「メロディーと伴奏」ではなく、「複数の声部が会話する音楽」を理解できるようになると、曲の聴き方・弾き方が大きく変わります。
インヴェンションで身につけた耳とテクニックは、のちに大きな作品を演奏するときにも必ず役立ちます。
4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける私が、インヴェンションを題材にしてポリフォニー音楽とは何かを解説します。
インヴェンションで学ぶポリフォニー
ポリフォニーとは?
「ポリフォニー(英:polyphony)」とは、複数の声部(メロディ)が同時に動いていく音楽のことです。
一つのメロディと伴奏に分かれる「ホモフォニー(英:homophony)」とは異なり、どの声部も大切な役割を持ちながら独立しています。
バッハの《インヴェンション》は、二声のポリフォニーを学ぶために書かれた教材曲です。
同時に芸術性も高い作品で、ピアノ学習者の多くが取り組んでいます。全15曲。
ちなみに、三声のポリフォニーを学ぶ教材としてバッハの《シンフォニア》があります。
こちらもピアノ学習者にとってかかせない教材です。
《インヴェンション第1番》の冒頭を見てみよう

右手が提示したモチーフを、すぐに左手が追いかけて模倣しています。
右手も左手もどちらもメロディーであり独立した声部であるというのが、ポリフォニー音楽の特徴です。
演奏のポイント
声部の独立を意識する
インヴェンションでは、右手と左手の両方が同じくらい重要な役割を持っています。
片方がメロディー、もう片方が伴奏、という単純な関係ではなく、それぞれが独立した声部として会話をしているのです。
〈例〉インヴェンション第1番 ハ長調 BWV772 冒頭

★ひと声部(片手だけ)を取り出して練習しても、音楽として成立することを確認する
実際に弾く指でひとつの声部ごとに取り出して練習し、音楽的にどのような変化や性格を与えるか確認します。声部を「歌わせる」意識を持ちましょう。
声部ごとの変化を確認してから、両手で合わせます。
テーマを見つける
インヴェンションでは、曲の最初に提示されるモチーフ(テーマ)が、さまざまな形で登場します。
まずはテーマをしっかり聴き取り、どの声部で現れているのかを意識することが大切です。
〈例〉インヴェンション第4番 二短調 BWV775 冒頭

16分音符の短いテーマがまず右手に2小節現れ、その直後に左手が追いかけます。
このやり取りが曲全体を支え、展開の土台となっていきます。
フレーズの方向を見つける
バッハの音楽は、一見すると機械的な動きに見えますが、すべてのフレーズに方向性があります。
どこに向かって進んでいるのかを感じながら弾くことで、表現が豊かになります。
〈例〉インヴェンション第8番 ヘ長調 BWV779 冒頭

- 強弱の指示が少ない分、自分の耳で山や谷を見つける
- 声部ごとに異なるフレーズの方向を意識する
他の曲への応用
インヴェンションで学んだ「声部を聴き分ける力」は、のちにベートーヴェンやショパン、ラフマニノフといった作曲家の作品を演奏するときに大きな武器になります。
特にポリフォニー的な書法を含むソナタやフーガでは、その力が欠かせません。
私のポリフォニー音楽へのイメージ
バッハのインヴェンションには特に題名などついておらず、とっつきにくい印象もあると思います。
ですが、私はインヴェンションに限らずポリフォニーの音楽は「宝さがし」といいますか、「パズル」をはめこむようなイメージがあってとても好きです。
テーマが組み合わされて徐々に音楽が展開していくのは見事だと思うし、「ここにもモチーフが隠れていた!」と発見できるのは面白いです。
「このモチーフとこのモチーフが組み合わさってここの音楽はできているんだ」と分析し演奏する面白さを、ぜひ皆さんにも体感していただきたいです。
その手始めとして、バッハのインヴェンションは最適な教材です。
教材としてだけでなく、芸術的な意味においても素晴らしい作品だと思います。
まとめ|インヴェンションは「耳を育てるレッスン」
- ポリフォニーは、メロディーと伴奏ではなく「複数の声部が会話する」音楽
- 声部を独立して聴き、テーマを見つける作業が必要
- フレーズの方向性を意識することで表現が広がる
- 得られた力は他の大曲にも応用できる
インヴェンションは決して「通過点の教材」ではなく、音楽の本質を教えてくれる重要な学びの場です。
耳を育て、音楽を立体的に聴けるようになる第一歩として、ぜひじっくり取り組んでみてください。
インヴェンションの面白さがわかるようになってきたら、あなたはピアノ学習上級者です。
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