はじめに:音大という「高額な投資」に向き合う
音楽を志す多くの人が一度は直面するのが、音大の学費という現実です。一般大学と比較しても圧倒的に高額であり、楽器の維持費やレッスン代を含めれば、その負担は決して軽いものではありません。
正直に申し上げれば、経済的な余裕があるか、あるいは何が何でも音楽で生きていくという並外れた覚悟がなければ、中途半端な気持ちで音大を目指すことはおすすめできません。
しかし、それでもなお、音大でしか得られない価値が確実に存在します。それは単に「楽器が上手くなる」という技術的な側面だけではありません。
音大という特殊な環境に身を置くことでしか手にできない、一生モノの財産について、私自身の経験を交えてお伝えします。
筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。
1. 人生を豊かにする「圧倒的な出会い」の質
音大に通う最大の意義を一つ挙げるならば、それは間違いなく「人との出会い」にあります。
まず、自分の専科を担当してくださる先生との出会いです。
第一線で活躍するプロフェッショナルから直接、定期的かつ密度の濃い指導を受ける時間は、独学や個人の単発レッスンでは決して得られない深さがあります。
また、専科以外の先生方も素晴らしい方ばかりです。分野は違えど、音楽に対して真摯に向き合うプロフェッショナルの思考に触れることは、自分の音楽観を根底から揺さぶり、広げてくれる貴重な機会となります。
そして何より、同じ志を持つ友人や先輩、後輩の存在は欠かせません。朝から晩まで楽器を持ち歩き、音楽のことばかりを考えている。そんな「少し変わった、けれど愛すべき仲間たち」が常に周りにいる環境は、音大ならではの光景です。
彼らと切磋琢磨し、時には悩み、刺激し合う日々は、卒業後の人生においても大きな支えとなります。
2. 音楽が日常に溶け込む、贅沢なアンサンブル環境
個人のプライベートレッスンだけでは決して経験できないのが、多種多様な楽器奏者との交流です。
音大のキャンパス内には、ピアノ、管弦打楽、声楽など、あらゆる専門家が揃っています。他楽器の友人と知り合い、気軽に「ちょっと遊びで演奏してみない?」と誘い合える。この気軽さこそが、実は最高の贅沢です。
遊びのセッションから思わぬ発見があったり、異なる楽器の特性を間近で学んだり。こうした「音の対話」が日常的に行われる環境に身を置くことで、アンサンブルの能力は磨かれていきます。
プロの世界に出れば、こうしたネットワークがそのまま仕事の繋がりになることも少なくありません。音楽を「個」の戦いではなく、社会的な営みとして捉える視点は、この環境があってこそ育まれるものです。
3. 学ぶ意欲に応える、無限の知のアーカイブ
音大は、学ぶ姿勢がある者にとって、これ以上ないほど恵まれた「知識の宝庫」です。
大学内では、世界的な演奏家による特別レッスンや公開講座が頻繁に開催されています。本来なら高額な受講料を払わなければ聴けないような講義も、学生であれば無料で聴講できる機会が多々あります。
私自身、在学中は専門の練習だけでなく、積極的に様々な授業に顔を出すよう心がけていました。和声学やソルフェージュといった基礎体力となる科目から、西洋音楽史、日本音楽史、さらには世界音楽史まで。
それまで点として存在していた知識が、講義を通じて一本の線に繋がり、歴史のうねりの中で音楽を捉えられるようになった時の感動は今でも忘れられません。
わからないことがあれば、その分野の専門家である先生方にすぐに相談でき、図書館には膨大な楽譜や資料が揃っています。
自ら主体的に動けば、学費以上の価値をいくらでも汲み取ることができる場所、それが音大という環境なのです。
4. 孤独な練習を支える「共有」の場
音楽の道は、基本的には自分自身との孤独な戦いです。しかし、音大にはその孤独を分かち合える誰かが必ずいます。
練習が上手くいかずに落ち込んだ時、表現の壁にぶつかった時、周囲の友人や先生たちは最高の相談相手になってくれます。自分と同じように悩み、苦しみ、それでも音楽を愛している人たちが隣にいる。その事実だけで、救われる瞬間が何度もあります。
「どうすればこのフレーズが美しく響くか」「今の演奏に何が足りないのか」。
同じ楽器に真剣に取り組む者として、これほど悩みを理解し、的確にアドバイスをくれる存在は、他にはいません。
筆者の経験談:「普通の家庭」から私立音大へ。葛藤の末に見つけた答え
ここで、私自身の話をさせてください。
私は、余裕で音楽大学に通えるほど裕福な家庭で育ったわけではなく、ごく普通の一般家庭で育ちました。進路選択において、財政的な負担は避けて通れない問題でした。
そのため、学費を抑えられる国立の音楽大学を第一志望に据えて受験しましたが、結果は不合格。私立である東京音楽大学に進むことになりました。
当時は「経済的に厳しい私立に進んで、本当にやっていけるのだろうか」と、進路について深く悩みました。しかし、今振り返れば、あのとき東京音楽大学に進んだことは、私の人生において最良の選択でした。
なぜなら、そこにはかけがえのない先生方や友人たちとの出会いがあったからです。もし、当時の私の実力だけでなんとか国立の大学に入り込んでいたとしたら、周囲のレベルや環境に圧倒され、今以上に「くすぶった」時間を過ごしていたかもしれません。
東京音大という場所だったからこそ、私の歩幅を理解し導いてくださる先生や、切磋琢磨できる仲間に出会うことができました。挫折から始まった音大生活でしたが、そこには「この場所でなければ得られない学び」が確かに存在していました。
音大進学を躊躇させる大きな要因は、「卒業後に仕事がないのではないか」「稼げないのではないか」という懸念だと思います。確かに、音楽の道は決して平坦ではありません。ですが、私はこの道を選んだことに一ミリの後悔もありません。
仕事に関しても、在学中に心配していたほど絶望的なものではなく、実際には「なんとかなる」ものです。また、音楽とは別の道に進む人も多くいますが、彼らは皆、驚くほどしっかりと社会に根を張って働いています。企業の方からは、一つの楽器を10年、20年と継続し、妥協せずに高みを目指してきた「継続の力」や「忍耐強さ」が、ビジネスの場でも高く評価されることが多いのです。
もし、今あなたの「音大に行きたい」という純粋な願いに蓋をしようとしているものが、お金や卒業後の進路への不安だけなのだとしたら。どうか、その心の声を無視しないでください。勇気を出して飛び込んだ先にある世界は、投資した金額をはるかに上回る、一生消えない輝きをあなたの人生に与えてくれるはずです。
おわりに:音大の価値は「主体性」で決まる
音大は、ただ通っているだけで自動的に音楽家にしてくれる魔法の場所ではありません。高い学費を払う以上、受け身でいるだけではその対価を回収することは難しいでしょう。
しかし、もしあなたに「音楽を深く知りたい」「誰かと響き合いたい」という強い意志があるのなら、音大はこれ以上ないほど素晴らしいフィールドになります。
そこで出会う師、切磋琢磨する仲間、そして浴びるように吸収できる膨大な知識。それらは、一度手に入れれば誰にも奪われることのない、あなただけの一生モノの財産となります。

筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

