ピアノの練習をしていると、「楽譜通りに弾く」ことが大切だとよく言われます。
もちろんその通りですが、実は楽譜には音楽のすべてが書き込まれているわけではありません。
作曲家が本当に伝えたかったことは、
記号の隙間や音符の流れの中にひっそりと隠れている場合も多いのです。
4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける筆者が、
楽譜を“読む”以上に大切な「楽譜の裏を読む」視点についてお話しします。
■ 楽譜どおりに弾くだけでは音楽にならない理由
結論から言うと、演奏家は楽譜の“表面”ではなく“裏側”まで読み取る姿勢が必要です。
理由はシンプルで、楽譜には限界があるからです。
強弱記号、アーティキュレーション、テンポ指示、フレーズ記号……。
これらは作曲家が丁寧に残してくれた貴重な情報ですが、
それでもなお楽譜で表現できるのは音楽の一部でしかありません。
たとえば、
・「この1音」にはどれほどの意味があるのか
・なぜそのタイミングで和音が変わるのか
・その休符に込められた空気感はどんなものなのか
こうしたニュアンスは記号だけでは伝えきれず、
演奏家が経験や想像力を使って補わなければ伝わらない部分です。
■ 書かれていない情報を読むために何が必要?
では、どうすれば楽譜の“裏側”を読めるようになるのでしょうか。
ここからは実践的な方法を紹介します。
● ① ピアノを弾かずに「楽譜と向き合う時間」を作る
最も効果的なのは、楽器を触らずに楽譜だけをじっくり見ることです。
- どうしてこの音が置かれているのか
- なぜこの和音に進むのか
- ここで書かれた休符の意味は何か
- このフレーズはどんな呼吸で歌うと自然か
こうした問いを立てながら眺めると、目に見えるもの以上の情報が浮かび上がってきます。
「弾かずに考える時間」は、演奏家にとって実はとても大切な練習です。
● ② 作曲家の人生・時代背景を知る
楽譜だけを見ても分からないことは、作曲家その人を知ることでつながる場合があります。
たとえば、ショパン作曲・練習曲集作品10-12「革命」の激しい音楽のうねり。
その背景には、祖国ポーランドの蜂起失敗を知った亡命中であるショパンの衝撃と怒り、深い悲嘆が込められています。
バッハの音楽は、当時の教会音楽の伝統とは切り離せません。
モーツァルトの歌うような旋律と明快な音楽は、生涯にわたるオペラへの情熱と密接に関係しています。
音楽は歴史の中で生まれてきたものであり、
その背景を知ることで書かれていない意図が見えてきます。
● ③ 自分で実験しながら弾く
“楽譜の裏”を読めるようになるには、たくさん弾いて試すことが欠かせません。
同じフレーズでも、
- 強弱のニュアンス
- ペダリング
- テンポの揺らぎ
- 呼吸の取り方
これらを少し変えるだけで音楽はガラッと別物になります。
机上の理解だけでなく、
実際に指で試して体で確かめることが、解釈を深める大きな手がかりになります。
■ 「読み落とし」と「読みすぎ」のバランス
ここで重要なのは、書かれている情報を見落とすことは論外だという点です。
- スラー
- アクセント
- 和声の進行
- 書かれた強弱
- 記譜上の重心
- フレーズの方向性
まずは作曲家が残した情報を正確に理解し、
その上で補うべき“余白”を読み取る必要があります。
また、想像のしすぎも別の落とし穴です。
根拠のない脚色ではなく、
楽譜・作曲家・時代背景・自分の感覚
これらが一致したときに初めて自然で説得力ある音楽になります。
■ 楽譜は削ぎ落とされた「最小限のメッセージ」
私自身、楽譜の読み取りを学び続けていますが、
やればやるほど、楽譜はシンプルだからこそ奥深い媒体だと感じます。
楽譜は余計なものを排除し、「これだけは伝えたい」という最小限のメッセージだけが残されたもの。
だからこそ、一つひとつに意味があります。
そして、書かれている情報だけを頼りにするのではなく、
書かれていない部分を補っていくことこそが演奏家の仕事なのだと思います。
|筆者の経験談
「本当に大切なことは、楽譜には書かれていない。
なぜなら、楽譜には表しようがなかったから。」
これは私の師匠の言葉です。
作曲家にとって大切なことは、私たち演奏家がもっとも知りたいことです。
楽譜は何より大切な手がかりだけれど、そこにすべてが書かれているわけではない、
ということを学んだ、私の中でとても印象に残っている言葉です。
人間の想像力や思考力は思っているより豊かで、
楽譜をいろいろな方向から眺めていると、あたらしい考えが浮かんできます。
作曲家が亡くなっている以上、そこに正解はありませんが、
たくさんの可能性を考えることは、きっと演奏を意味のあるものにしてくれるはず。
私は、今日も先生からの言葉を胸に、楽譜と向き合っています。
■ まとめ
- 楽譜は大切だが、すべてを書き込めるわけではない
- “裏側“を読むには、観察・想像・知識・実験が必要
- 書かれていることを完璧に守りつつ、書かれていない部分を補っていく
- 楽譜はシンプルだからこそ、演奏家の解釈が音楽を形づくる
楽譜と向き合う時間は、ピアノの上達に直結します。
丁寧に読み解き、想像し、試しながら、
ひとつひとつの音に込められた意図と向き合ってみてください。
音楽がより立体的に、そして説得力をもって響きはじめるはずです。



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