
「ピアノの演奏には、その人の性格が出る」と言われます。
真面目な人、自由奔放な人、あるいは茶目っ気たっぷりの人。
鍵盤から溢れる音は、隠そうとしても弾き手の輪郭を鮮明に描き出します。
かつて私は「優等生の演奏」という言葉に縛られ、自分の音を見失っていました。
先生の教えを守ることに必死で、自分をさらけ出すことを恐れていた私が、いかにして「自分の心」と向き合い、表現の喜びを見つけていったのか。
ピアノを通して学んだ、自己との対峙の記録を綴ります。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
鍵盤の上にこぼれ落ちる「性格」という名の音色

ピアノを弾くとき、私たちはただ楽譜をなぞっているわけではありません。
指先を通じて、その人の生き方や考え方が、知らず知らずのうちに音に混じり合っていきます。
気ままなタイプなら、どこか遊び心のあるリズムに。真面目なタイプなら、一音一音を大切に置くような響きに。そしてユーモアのある人なら、聴き手をハッとさせるような意外性に。
私個人としては、どこか「サービス精神」のある人の演奏に強く惹かれます。
「聴いている人を喜ばせたい」「ここで少しクスッと笑わせたい」。
そんな風に、聴き手の存在を意識した演奏は、技術を超えた温かさを持っています。
なぜなら、ピアノは自分一人で完結する自己満足の道具ではなく、他人との「コミュニケーション」だと思うからです。
独りよがりではなく、相手のことを考えて音を届ける。
それは、音楽における最も大切なホスピタリティではないでしょうか。
「優等生の演奏」という、褒め言葉に似た呪縛

しかし、かつての私はその「コミュニケーション」から最も遠い場所にいました。
コンクールや発表会の後、私はよく「優等生の演奏だね」と言われました。よく言えば「よく弾けている」、けれど悪く言えば「学生の演奏」――。
その言葉の真意を理解するのに、長い時間がかかりました。
「学生の演奏」とは、つまり「先生に言われたことを、ただ忠実に再現しているだけの演奏」ということです。
当時の私は、先生からの指摘を直すことに心血を注いでいました。
「ここはもっと弱く」「ここはテヌートで」。言われた通りに修正し、楽譜通りに正確に弾く。それが正解だと信じて疑わなかったのです。
そこには、自分自身の頭で考えた「私はこう弾きたい」というこだわりや、意志の力はほとんど存在していませんでした。
「当たり障りのない音」が映し出していた、私の生き方

高校生の時、恩師から突きつけられた言葉が、今も胸に深く刺さっています。
「あなたは人とぶつかるのが嫌いでしょう。演奏にもそれが出ているわ。当たり障りのない、優等生の演奏ね」
その言葉は、当時の私の性格や演奏そのものを言い当てていました。
私は日常生活においても、他人の顔色を伺い、波風を立てないように生きてきました。
自分の意見を主張して誰かと対立するくらいなら、静かに微笑んでやり過ごす。
そんな「事なかれ主義」な性格が、そのまま音の表情を消していたのです。
私にとって、誰かとぶつかりあうことは「めんどくさいもの」でした。
それが音になって表れていると言われたときは、「本当にそうだ」と自分でも思ったし、「このままではいけない」と本気で悩みました。
怖さを抱えたまま、自分の心と向き合う

「そんな自分を変えたい」
そう強く思った時から、私のピアノとの向き合い方は変わりました。
自分がどう思っているのか、何に感動し、何を叫びたいのか。
楽譜を分析する前に、まず自分の心ととことん向き合う作業を始めました。
最初は、自分がどう弾きたいのかさえ分かりませんでした。長年、他人の指示に従うことに慣れすぎて、自分の感性が錆びついていたのです。
それでも、一小節ごとに「この音はどんな色?」「この休符で私は何を待っている?」と自問自答を繰り返しました。
積極的に作品と向き合い、そこに自分の記憶や感情を重ね合わせていく。
それは時に、見たくない自分の弱さを直視する苦しい作業でもありました。
日常面でも、少しずつ自分の考えを相手に伝えるようにしました。たとえそれで誰かとぶつかることになろうとも。
自分の感情を素直に相手に伝えるようになってから思ったのは、案外ぶつかり合うことは少ない、ということでした。
私がただ恐れていただけ。その事実に自分でも少し笑ってしまいました。
そうして必死に手繰り寄せた「こうしたい」という気持ちは、少しずつ、確実に音を変えていったように思います。
ピアノが教えてくれた、世界との関わり方

今でも、自分の感性のままに、呼吸するように弾ける人を見ると羨ましくなります。
聴いている人には、まるで思うままに弾いているように聞こえる。それは、緻密な計算と圧倒的な技術に裏打ちされた、一つの理想郷です。
私はまだ、その入り口に立ったばかりかもしれません。
いまだに「正解」を探して迷うこともあるし、自分をさらけ出すことに躊躇することもあります。
けれど、以前よりもずっと、ピアノを弾くことが「対話」に近づいたと感じています。
自分がどうありたいかを知り、それを音に乗せて誰かに届ける。
ピアノを通して学んできたのは、単なる演奏技術ではなく、自分自身との向き合い方、そして他者との関わり方そのものでした。
これからも、作品に対して、そして自分自身の心に対して真摯でありたい。
不器用でもいいから、私の体温が宿った音を、聴いてくれる誰かの心に届けていきたい。
そう願って、今日も私はピアノの蓋を開けます。
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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

