♯151 【ピアノの表現力】人生経験が「音」を変える理由。技術を超えた感動を伝えるために大切なこと


「うちの子、指はよく動くけれど、どこか演奏が素っ気ない気がする……」
「もっと感情を込めて弾いてほしいけれど、どう教えればいいのかしら?」

ピアノを習う中で、多くの方が直面するのが「表現力」の壁です。
楽譜通りに、間違えずに弾くことはできても、聴く人の心を揺さぶるような音を出すのは、決して簡単なことではありません。

実は、ピアノの音色を決定づけるのは、指のテクニックだけではありません。
その人がこれまで何を経験し、何を感じて生きてきたかという「人生経験」そのものが、音の深みとなって現れるのです。

今回は私の実体験を交えながら、なぜ人生経験が演奏を豊かにするのか、そして日々の生活の中でどのように「音楽の種」を育てていけばよいのかについてお話しします。

筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

音楽は「心」を音に変換する作業

ピアノは、鍵盤を叩けば誰でも音が出る楽器です。しかし、その一音にどれだけの「重み」や「色彩」を乗せられるかは、奏者の心にかかっています

音楽は、言葉にできない感情を音で表現する手段です。喜び、悲しみ、怒り、そして深い孤独……。こうした感情の機微を知っている人の音には、不思議と説得力が宿ります。

例えば、人の痛みを知っている人の演奏には、聴く人を包み込むような優しさが生まれます。
逆に、大きな挫折や負の感情を乗り越えた経験は、演奏に力強いエネルギーや、胸を締め付けるような切なさを与えてくれます。

「綺麗な音」を出すだけなら練習量でカバーできますが、「心に響く音」を出すには、奏者自身の心の引き出しがどれだけ豊かであるかが問われるのです。

「想像力」が経験の不足を補ってくれる

「人生経験が大切」と言うと、

『まだ子供には無理なのでは?』
『自分は平凡な生活を送っているから、深い表現なんてできない』

と思われるかもしれません。

しかし、必ずしもすべてを自分自身で直接経験する必要はありません。ここで重要になるのが「想像力」です。

本を読んで物語の世界に没頭する。
映画を見て登場人物の葛藤に涙する。
美しい景色を見て、心が洗われるような感覚を覚える。

こうした「心の動き」を大切にすることが、間接的な人生経験となります。

たとえ自分は大きな悲しみを経験していなくても、誰かの悲しみに寄り添い、「もし自分だったら……」と想像を巡らせる。
そのプロセスこそが、楽譜の背後にある作曲家の意図を読み解き、音に命を吹き込む力になります。

日々の小さな出来事に感動し、心を動かす習慣を持つこと。

それが、音楽を豊かにする第一歩なのです。

ブラームスが教えてくれた「若すぎる」という言葉の意味

私自身の苦い、そして大切な思い出をお話しします。

大学生の頃、私はブラームスの後期のピアノ作品に取り組んでいました。
自分なりに必死に練習し、技術的には弾きこなせているつもりでした。

しかし、当時の恩師から言われた言葉は、今でも忘れられません。

「この曲を演奏するのに、今のあなたでは若すぎる。死が近づいている本当の気持ち、人生の終焉に見る景色を、あなたはまだ知らないでしょう」

ブラームスの後期作品やベートーヴェンの後期のソナタは、彼らが人生の酸いも甘いも噛み分け、死を見つめながら書いた境地の音楽です。

当時の私には、その「諦念」や「深い孤独」を理解するだけの人生の厚みが足りなかったのです。

当時はショックでしたが、今ならその言葉の意味がよくわかります。

15歳の高校生が弾くブラームスと、65歳の方が弾くブラームス。
技術的な巧拙は別として、音に含まれる「空気感」は全く異なります。

若さゆえの輝きや情熱も素晴らしいものですが、年齢を重ね、多くの別れや苦労を経験したからこそ出せる「枯れた音」「慈しむような音」が確実に存在するのです。

負の感情さえも、音楽にとっては「宝物」になる

ピアノを習っていると、どうしても「正しく、綺麗に」弾くことばかりを意識してしまいがちです。しかし、音楽には「負の感情」も不可欠です。

悔しさ、嫉妬、情けない自分、消えてしまいたいほどの悲しみ……。

日常生活では避けたいこれらの感情も、ピアノの前ではすべてが表現の材料、つまり「宝物」に変わります。

「あの時あんなに辛かったから、この短調のフレーズの痛みがわかる」
「あの時の悔しさがあるから、この激しいフォルテシモが叩ける」

そう思えた時、あなたの経験はすべて音楽へと昇華されます。

人生に無駄な経験など一つもありません
すべての感情を肯定し、音に乗せて吐き出すことができる。それこそがピアノを弾くことの醍醐味であり、救いでもあるのです。

まとめ:今、この瞬間の「音」を大切にしよう

ピアノの上達とは、指が速く動くようになることだけを指すのではありません。いろいろな経験を積み、心を耕し、その時々にしか出せない「自分の音」を見つけていくプロセスそのものです。

お子さんにピアノを習わせている親御さんは、ぜひピアノ以外の経験も大切にさせてあげてください。

友達と全力で遊ぶこと、自然に触れること、時には思い切り悔しがること。
そのすべてが、将来お子さんの奏でる音を豊かにする栄養になります。

そして大人になってからピアノを再開された方は、これまでの人生で積み重ねてきた経験を誇りに思ってください。
あなたの歩んできた道のりが、若者には決して出せない深い音色を作り出してくれるはずです。

その時々に出せる最高の音を目指して。
今日も、あなたの人生をピアノに乗せて響かせていきましょう。

筆者プロフィール:

4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

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