「ピアノを何年も続けていて、すごいですね」
そう言っていただける機会が増えました。一つのことをこれほど長く続けていると、さぞかし意志が強く、何事もコツコツこなすタイプだと思われるかもしれません。
けれど、本当の私は正反対です。自他共に認める「三日坊主」で、新しいノートを買っては最初の数ページで満足して放置してしまうような人間です。
唯一、レッスンや本番の気づきを書き留めたノートだけが、ボロボロになるまで続きました。
そんな飽き性の私が、なぜピアノだけは二十数年も続けてこれたのか。
そこには「根性」や「才能」とは別の、もっとシンプルで確実な「継続の仕組み」がありました。
今日は、頑張りすぎて燃え尽きてしまいそうな方へ、私が二十数年かけて学んだ「頑張らない継続術」をお話しします。
筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。
意気込みすぎるほど、継続は難しくなる
何かを始めるとき、私たちはつい「よし、やるぞ!」と強い熱意を抱いてしまいます。しかし、実はこの「過剰な熱意」こそが、継続を阻む一番の壁になることがあります。
熱量というのは、いわば打ち上げ花火のようなものです。一瞬は激しく燃え上がり、夜空を照らしますが、その光を何年も維持することは物理的に不可能です。
最初に意気込みすぎて、毎日3時間練習する、完璧に弾けるまで寝ない、といった高いハードルを自分に課してしまうと、脳はすぐに「これは苦痛なことだ」と判断してしまいます。
熱い情熱は、きっかけにはなりますが、ガソリンにはなりません。長く走り続けるために必要なのは、燃え盛る炎ではなく、消えることのない微かな種火のような「淡々とした持続力」なのです。
継続を支える「3つの柱」
私が三日坊主でありながらピアノを続けてこれた背景には、無意識のうちに3つの要素が揃っていました。それが「目に見える成果」「目標」「習慣」です。
幼い頃の記憶を辿ると、ピアノを続けられた最大の理由は「先生からまる(合格)をもらえること」でした。楽譜に大きく書かれた赤いまる。それは、自分の歩みが一歩進んだことを証明する、最も分かりやすい「目に見える成果」でした。
小さな成功体験が積み重なることで、脳は「次も進みたい」と自然に思うようになります。
そこに彩りを添えたのが、コンクールや発表会といった「目標」の存在です。
「あの舞台でこの曲を弾きたい」「あのライバルに追いつきたい」という具体的な願いは、日々の練習に方向性を与えてくれました。
ただ漠然と歩くのではなく、あそこまで行こうという目印があるからこそ、足が前に進むのです。
そして最も強力だったのが、それらを支える「習慣」の力でした。
歯磨きと同じレベルまで「日常」にする
二十数年経った今、私にとってピアノを弾くことは、朝起きて歯を磨くことと何ら変わりません。「今日は歯を磨くぞ!」と気合を入れる人がいないように、私も「今日はピアノを弾くぞ!」と決意して椅子に座るわけではありません。
習慣化のコツは、意志の力を使わないところにあります。そのために有効なのが、すでに定着している「特定の行動」とセットにしてしまうことです。
例えば、「夕食の片付けが終わったら、そのままピアノの椅子に座る」「お風呂が沸くまでの10分間だけ鍵盤に触れる」というように、生活動線の中にピアノを組み込んでしまうのです。
これを繰り返すと、脳が「片付けの後はピアノ」という回路を作り上げ、何も考えなくても体が動くようになります。
また、最初から高い目標を立てないことも重要です。
「毎日1時間」ではなく、「毎日5分、あるいは1小節だけ」を目標にする。ハードルを地面に着くほど低く設定すれば、三日坊主になる隙すらなくなります。
一度座ってしまえば、5分が10分になり、気づけば30分経っていた……ということが、ピアノの世界ではよく起こるのです。
「やりたくない日」を許す勇気
継続において、多くの人が陥る罠があります。それは「一日休んだら終わりだ」という完璧主義です。
体調が悪い日、どうしても心が乗らない日、仕事で疲れ果てた日。そんな日に無理やりピアノに向かっても、良い音は鳴りません。
むしろ、ピアノを「自分を追い詰める嫌なもの」に変えてしまうリスクがあります。
私は、どうしてもやりたくない日は無理に弾かないと決めています。
「今日は休む」と自分で決めて休むのは、挫折ではなく「戦略的な休息」です。
一日、二日休んだところで、二十数年の歩みがゼロになることはありません。大切なのは、休んだ後にまた、何食わぬ顔で椅子に戻ること。
「三日坊主を何百回も繰り返せば、それは継続になる」
そんな風に自分を許せるようになってから、私のピアノライフはぐっと楽になり、結果としてより長く続くようになりました。
完璧じゃない自分と、長く歩んでいく
新しいノートを数ページで投げ出してしまう私でも、ピアノだけは隣にいてくれました。それは、ピアノが私に「完璧でなくていい」「少しずつでいい」と教えてくれたからかもしれません。
継続とは、自分を律して苦しむことではなく、自分を上手に乗せて、心地よいリズムを作っていく作業です。
もし今、あなたが何かを続けられずに悩んでいるとしたら、まずはその熱すぎる意気込みを少しだけ冷ましてみてください。そして、歯を磨くような気軽さで、ほんの1分だけ、その物事に触れてみてください。
完璧ではない、三日坊主のあなたのままでいい。
その小さな一歩の積み重ねが、気づけば十数年、二十数年という、あなただけの輝かしい軌跡に変わっているはずです。
いつか私のこの経験が、変わりたいと願う誰かの力になりますように。
そして、私自身もまた、あなたの歩みを応援し続ける一人でありたいと思っています。

筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

