♯127 「いつかオーケストラとピアノ協奏曲を」現役ピアニストが語る夢と現実、そしてブラームスの記憶


ピアノを弾く者なら、誰しも一度は「オーケストラをバックに協奏曲を奏でる自分」を妄想したことがあるのではないでしょうか。

ラフマニノフの重厚な和音、チャイコフスキーの華やかな幕開け、あるいはショパンの繊細な旋律。
指揮者のタクトが一閃し、数十人の奏者が一斉に音を放つ。

その圧倒的な音の洪水の中に身を置き、一つの大きなうねりを作り上げる瞬間は、
まさにピアニストにとっての「究極の夢」と言えます。

私は4歳からピアノを始め、音楽高校、音楽大学、そして大学院へと進み、ピアノ一筋の道を歩んできました。
現在は現役で演奏活動を続けながら、子どもから大人まで累積50名以上の生徒さんにピアノを教えています。

そんな「ピアノと共に生きる」私にとっても、オーケストラとの共演は今なお特別な響きを持つ言葉です。

今回は、現役演奏家としての視点から、ピアノ協奏曲を演奏する際に立ちはだかる壁や、代役である2台ピアノ演奏の魅力、そして誰かと音を合わせることの喜びについて綴ります。

多くの楽器と音を合わせるということ

ピアノは一台でも音楽を完結させられる素晴らしい楽器ですが、協奏曲にはソロ(独奏)では決して味わえない醍醐味があります。

それは、自分以外の多くの楽器と呼吸を合わせ、巨大な音響空間を共有するという体験です。
あの壮大な世界観の一部になりたいという切なる願いは、ピアノを深く愛するほどに強くなっています。

現実という名の高い壁

しかし、この夢を実現しようとすると、すぐさま現実という名の高い壁が立ちはだかります。

経済的な壁

まず、大きな障壁となるのが「経済的な壁」です。

プロのオーケストラを雇って演奏会を開こうとすれば、楽団員や指揮者への謝礼や会場費、運営費などで数百万円単位の費用が必要になります。

アマチュアオーケストラであっても、エキストラ代やリハーサル室の確保など、
個人で背負うにはあまりに重い負担がかかるのが現実です。

機会の壁

次に「機会の壁」があります。

オーケストラと共演できるのは、ほんの一握りの選ばれた人間だけです。

・大きなコンクールで上位入賞して共演権を得るか
・音大の試験等でトップの成績を収めて選抜されるか
・あるいはオーケストラ側に強力なコネクションがあるか

「ただ練習を頑張る」だけでは、ステージの中央に立つことは叶わない

当たり前のことですが、この物理的な距離の遠さがピアノ協奏曲というジャンルを、
「遥かなる夢」にさせているのです。

「2台ピアノ」という、最も身近で最も熱い代役

そんな高い壁を前に、私たちが協奏曲の練習において最も頻繁に活用するのが
「2台ピアノ(オーケストラ伴奏版)」という編成です。

オーケストラの全パートをもう一台のピアノが担うこのスタイルは、
単なる「本物の代わり」以上の価値を持っています。

2台ピアノの魅力は、何と言ってもピアニスト同士の濃密な対話にあります。
第2ピアノを弾く伴奏者は、木管、金管、弦楽器、打楽器のすべての役割を一台で表現しなければなりません

スコア(総譜)を読み込み、楽器ごとの音色を弾き分けるこの作業は、知的で高度な技術を要します。
また、大編成のオーケストラよりも機動力があるため、テンポの揺れや解釈の微調整がダイレクトに響き合います。

私たちは、もう一台のピアノが奏でる打鍵の向こう側に、
見えないバイオリンの震えやフルートの息遣いを聴いています。

この「想像力で補い合うアンサンブル」もまた、ピアノという楽器ならではの熱い対話なのです。

それでも「いつか本物と」と願う理由

2台ピアノでの練習も良いものですが、やはり「本物のオーケストラと演奏したい」という気持ちは拭えません。

ピアノはいろいろな音を出せる優秀な楽器ですが、ピアノだけで表現できる音楽の幅は限られています。
しかし、オーケストラには多くの楽器が集まって織りなす、宇宙のような音の広がりがあります

オーケストラでしか作り出せない「音の層」に包まれたい。
作曲家がスコアに描いた壮大な世界を、頭の中の想像ではなく、肌身をもって感じたい。

そう願ってしまうのです。

これまで、その理由について抽象的に書いてきましたが、私にはこの夢の原点ともいえる、ある大切な思い出があります。

筆者の経験談:あの日、2台ピアノの向こうに見た「音の海」

大学2年生の学年末試験。私は、ブラームスのピアノ協奏曲第1番(第1楽章)に挑みました。

形態は2台ピアノによる演奏でしたが、私にとって「ソロとして協奏曲を弾く」という経験は、これが初めてのことでした。
2台ピアノ自体は経験がありましたが、オーケストラパートを背負ってソロを弾くという緊張感は、それまでの独奏とは全く異なるものでした

実際に演奏してまず圧倒されたのは、その音楽のスケール感です。
ブラームスらしい重厚で壮大なオーケストラの響き(を模した第2ピアノの音)に包まれる中で、
ふと訪れるピアノソロの箇所。
そこでは、ピアノという楽器の音色がより一層美しく、際立って聞こえるような気がしました。

伴奏を務めてくださったピアニストの方と呼吸を合わせ、
タイミングを計りながら一つの音楽を編み上げていく作業は、何物にも代えがたい喜びでした。

それと同時に、私の心の中では
「これが本物のオーケストラだったら、一体どんな響きに包まれるのだろう」というワクワクした想像が止まらなくなったのです。

もちろん、指揮者がいるとはいえ、大人数の奏者とやり取りをしながら音楽を作るのは、
2台ピアノで合わせるよりも遥かに困難なはずです。

ですが、その困難を乗り越えて、全員で一つの音楽を作り上げたときの喜びは、きっと格別なものに違いありません。

「いつか、このブラームスの協奏曲第1番を、本物のオーケストラとともに演奏したい」

あの試験の日から、それは私の揺るぎない夢であり、大きな目標となっています。

誰かと音を合わせる喜びを胸に

「誰かと音を合わせる」という喜びは格別なものです。

たとえ今はオーケストラとの共演が叶わぬ夢であったとしても、2台ピアノという形であっても、そこには確かにアンサンブルの真髄が宿っています。

自分以外の誰かと呼吸を合わせ、一つの音楽を作り上げていくプロセスそのものが、
私たちのピアノライフをより鮮やかなものにしてくれます。

いつか来るかもしれない「その日」のために
私は今日も分厚い楽譜を開き、一小節ずつ、夢の続きをめくっていきます。

オーケストラの壮大な響きを心の耳で聴きながら、一歩ずつ、その高みを目指して。


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