
マンションでピアノを弾く人にとって、最も恐ろしいのは「近隣からの苦情」ではないでしょうか。私もかつて、その一人でした。
「楽器可」の物件であっても、練習時間が長くなったり、曲の難易度が上がったりすれば、音の問題は必ずついて回ります。
私は最終的にヤマハの防音室「アビテックス」を導入することで解決を図りましたが、実際に使ってみて分かった「理想と現実」があります。
今回は、私が苦情を受けてから防音室を導入するまでの経緯と、実際に使って感じた「音響の限界」について詳しくお伝えします。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
和室にピアノ、浪人時代の猛練習が招いた「苦情」

以前の私は、マンションの和室にそのままグランドピアノを置いて練習していました(ピアノを始めた当初はアップライトピアノでした)。
子供の頃はそれで問題なかったのです。しかし、音大受験を控えた浪人時代、状況は一変しました。
練習時間は1日10時間を超え、取り組む曲も高度なものに。
激しい不協和音や、同じフレーズの何百回もの繰り返し。
弾いている本人にとっては「音楽」でも、壁一枚隔てた隣人にとっては、それはただの「騒音」でしかありませんでした。
ある日、ついに他階の住人から管理会社を通じて苦情が届きました。
「もうここでは弾けない」という絶望感と、練習を止められない焦り。
あの時の心臓が止まるような感覚は、今でも忘れられません。
ヤマハ「アビテックス」導入への決断と、1ヶ月のピアノ難民

すぐに根本的な対策が必要だと考え、両親と相談してヤマハの防音室「アビテックス」の導入を決めました。
しかし、防音室は決して安い買い物ではありません。少しでも予算を抑えるため、徹底的に「割り切り」ました。
- 部屋の広さはピアノが入るギリギリの最小サイズ。
- 閉塞感はあるが、価格を抑えるために窓はなし。
導入を決めてから設置完了まで、約1ヶ月の工期がかかりました。その間、自宅でピアノを弾くことは一切許されません。
私は毎日、重い楽譜を抱えて地元の音楽教室に通い詰めました。
何より辛かったのは、弾きたい時にすぐ鍵盤に触れられない不自由さです。
生活の一部だった自宅練習を奪われた喪失感は大きく、まさに『ピアノ難民』の状態。
防音室を手に入れるためには、こうした『空白の1ヶ月』を乗り切る覚悟も必要でした。
防音性能は完璧。しかし「音響」に新たな壁が

アビテックスを設置して最大の変化は、「精神的な自由」を手に入れたことです。どれほど激しい不協和音を叩いても、苦情は一切来ず。苦情に怯えずに全開で弾ける喜びは、何物にも代えがたいものでした。
しかし、実際に使い続けるうちに、新たな問題に気づきました。それは「狭い防音室特有の音響問題」です。
私が選んだ最小サイズの防音室は、壁が近いため音が非常にデッド(吸音されすぎる)、あるいは逆にキンキンと耳に刺さるように響きます。
広いホールや教室で弾く時のように「音が空間に溶け込む」感覚が全くないのです。
特に残響を聴きながらの音作りは、この狭い空間では限界があります。
ここでばかり練習していると、自分の耳が「狭い場所での響き」に慣れすぎてしまい、広い場所で弾いた時に音が飛ばなくなってしまうというリスクを感じました。
結論:家は「指」、外は「耳」。ハイブリッドな練習スタイル

この経験から、私は現在、練習場所を明確に使い分けています。
- 自宅のアビテックス: 譜読み、指のトレーニング、暗譜、部分練習。
- 外部のスタジオ・ホール: 仕上げの練習、音色の確認、響きのコントロール。
「防音室を入れれば全て解決」と思っていましたが、現実はそう単純ではありませんでした。特に「一番安い・狭い」モデルを選ぶ場合は、防音性能と引き換えに、ある程度の音響的な妥協が必要になります。
それでも、私はアビテックスを導入して本当に良かったと思っています。苦情の恐怖から解放され、いつでもピアノに向かえる環境は、上達のために不可欠だからです。
マンションでの騒音問題に悩んでいる皆さん。防音室は高い買い物ですが、それは「安心を買う」ということでもあります。
ただし、導入した後はぜひ、定期的に広い空間で「耳をリセット」する時間も作ってみてください。それが、マンション住まいのピアニストが上達し続けるための、唯一の道だと私は確信しています。
★演奏会のお知らせ★
2026年10月12日(月祝)彩の国さいたま芸術劇場小ホールにて、チェロ奏者の入江晴美さんとのコンサート、「橋本智菜美ピアノリサイタルシリーズⅡ Duo Recital ーブラームスに寄せてー」を開催いたします。18:00開演(17:30開場)。
チケットお申し込みはこちらまで→chinalustig.bbb16@gmail.com

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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

