
「本番まであと1週間。不安だからもっと練習しなきゃ……」
「弾かないと指が動かなくなるのが怖くて、直前まで追い込んでしまう」
発表会やコンクール、演奏会を控えた時期、多くの人がこうした「練習不足への恐怖」に駆られます。しかし、私が音大や大学院、そして研究員として多くの「本番に強い演奏家」を見てきて確信したことがあります。
それは、本当にピアノが上手い人、本番で最高のパフォーマンスを発揮できる人は、本番が近づくにつれて「練習量を減らしている」ということです。
私の恩師も、「本番に向けて徐々に練習量を減らしていくのが理想」と常々おっしゃっていました。
なぜ、不安なはずの直前期にあえてピアノから離れる必要があるのか。その本質的な理由と、理想的なルーティンを紐解いていきます。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
筋肉と感性の「凝り固まり」を防ぎ、心身をリラックスさせる

まず一つ目の理由は、シンプルですが非常に重要です。本番直前まで一心不乱に弾き込みすぎると、身体(筋肉)も頭も、そして音楽的な感性も「凝り固まって」しまうからです。
本番前というのは、誰しもナーバスになるものです。無意識に体に力が入り、呼吸が浅くなっています。
そんな状態で焦って長時間練習をしても、指に余計な負荷がかかるだけで、けっして良い音は生まれません。
本番で最も大切なのは、ステージの上で「自由」であることです。
本番前だからこそ、意図的に練習を切り上げ、心と体を休める時間を確保すること。
この「余白」が、本番のステージでしなやかに動く指と、豊かな表現力を生み出すための土台になります。
あえて「弾かない日」を作ることで、音楽的な感性を研ぎ澄ます

二つ目の理由は、ピアノと物理的な距離を置くことで、逆に頭や感性が冴えてくるからです。
一生懸命ピアノに向かい、鍵盤を叩き続けている時には見えなかった「作曲者の意図」や「音楽の全体像」が、ふとした瞬間に鮮明に浮かび上がることがあります。
これは、脳が情報を整理し、音楽を客観的に捉え直す時間が与えられた証拠です。
私の先生は、「本番前にあえて3日くらい置くといい(弾かない日を作る)」とおっしゃっていました。
「練習を1日休むと、取り戻すのに3日かかる」という有名な言葉があります。
ピアノ界では一種の強迫観念のように語られるこの言葉のせいで、3日も弾かないなんて、恐ろしくて到底できないと感じるかもしれません。
しかし、ある程度まで仕上げた曲に関しては、あえて「寝かせる」期間を作ることで、音楽が自分の中に深く沈殿し、熟成されます。
この思い切った行動こそが、本番で「新鮮な音楽」を奏でるための秘訣なのです。
もちろん、本当に3日あけるかは様子を見ながらですが…。
指を動かすことより「何を伝えたいか」のイメージを優先する

最後に、本番前の練習で最も大切なのは、指を機械的に動かすことではありません。
「聴いているお客さんに、この音楽で何を伝えたいか」という原点に立ち返ることです。
実は、このプロセスはピアノを弾くこととイコールではありません。
- 移動中に楽譜を眺めながらイメージを膨らませる
- 寝る前に、自分が理想とする音色を頭の中で鳴らしてみる
- 散歩をしながら、曲の構成を俯瞰してみる
これらはすべて、鍵盤の前にいなくてもできる「ピアノの練習」です。
不安に負けて指を動かし続けていると、どうしても「間違えずに弾くこと」「暗譜を完璧にすること」ばかりに意識が向いてしまいます。
しかし、聴衆が求めているのは、完璧な指の動きではなく、あなたの心から溢れ出るメッセージです。
「何を伝えるのか」を再確認する時間は、ピアノから離れている時こそ、より深く、静かに確保できるのです。
結論:本番を成功させるのは、技術ではなく「弾かない勇気」

「練習をしない」というのは、ある意味で「練習をすること」よりも勇気がいります。自分の積み上げてきたものを信じなければできない行為だからです。
- 身体と心の強張りを解くためのリラックス
- 感性を熟成させるための「3日間の空白」(様子を見ながら)
- 指の運動ではなく、メッセージの再確認
もしあなたが今、本番を目前にして焦りを感じているのなら、ぜひ「ピアノを弾かない勇気」を持ってください。
ピアノを弾かない時間は、決してサボっている時間ではありません。
本番という特別な瞬間に、あなたの音楽を最高の状態で解き放つための「戦略的な休息」です。
本当に大切なことは何かを、忘れないでください。あなたがその曲を愛し、伝えたいと願う気持ちさえあれば、指は自然とあなたを助けてくれるはずです。
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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

