
ピアノを習い始めると、早い段階で登場する「フェルマータ」や「スタッカート」といった記号。
多くのレッスンでは、フェルマータは「その音を2〜3倍にのばす」、スタッカートは「音を短く切る、跳ねるように弾く」と教わります。
しかし、楽譜に書かれたこれらの記号を、ただ機械的に「長さを変えるための指示」として捉えてはいませんか?
実は、これらのアーティキュレーションには、教科書的な説明だけでは語り尽くせない「深い意味」が隠されています。
記号の裏にある本当の意味を知ることで、あなたの演奏は「ただ楽譜通りに弾く」段階から、「音楽の意図を表現する」段階へと大きく進化します。
今回は、ピアノ学習者の多くが見落としがちな、フェルマータとスタッカートの意外な正体について解説します。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
フェルマータは「伸ばす」だけじゃない?本来の意味は「停止」

まず「フェルマータ(Fermata)」について考えてみましょう。
イタリア語の「fermare(フェルマーレ)」という動詞に由来するこの言葉。
実はイタリアの街中では、バス停のことを「Fermata」と呼びます。つまり、フェルマータの本来の意味は「停止」や「滞在」なのです。
単に音を長く引き延ばすことだけが目的ではありません。
音楽の流れを一度止め、そこに「句読点」を打つ、あるいは「余韻を味わう」ための時間を作るのがフェルマータの役割です。
【実例:ベートーヴェンのピアノソナタ第17番 ニ短調 第一楽章】
例えば、ベートーヴェンのピアノソナタに出てくるフェルマータは、長く伸ばすというだけではなく、フレーズの区切りも示しています。

また、曲の途中の休符にフェルマータがついている場合、それは「音を伸ばす」のではなく「静寂を止める(持続させる)」という意味になります。
フェルマータに出会ったら、「何拍伸ばすか」を考える前に、「ここで一度音楽を立ち止まらせて、何を伝えたいのか」を考えてみてください。
それだけで、その一音の重みが変わってくるはずです。
スタッカートは「跳ねる」ではない?「音を切り離す」という本質

次に「スタッカート(Staccato)」です。
「短く切る」「ピョンピョンと跳ねる」と教わることが多いですが、スタッカートの語源である「staccare(スタッカーレ)」は、「切り離す」「分離させる」という意味を持っています。
つまり、スタッカートの本質は「音を短くすること」そのものではなく、「次の音とのつながりを断つこと」にあるのです。
ピアノを弾くとき、私たちは無意識に音を繋げようとしがちですが、あえて音と音の間に「隙間」を作ることで、旋律に立体感や明瞭さが生まれます。
必ずしも元気よく跳ねる必要はなく、しっとりとした曲調の中でも「音を独立させるためのスタッカート」は頻繁に登場します。
「スタッカート=跳ねる」という固定観念を捨てて、「音同士をどう切り離すか」という視点を持つと、アーティキュレーションの幅がぐっと広がります。
シューマンに学ぶ「響かせるスタッカート」のテクニック

スタッカートにはもう一つ、意外な役割があります。
それは「その音を目立たせる、強調する」という意味です。
「短く切るのに目立たせる?」と不思議に思うかもしれませんが、これを見事に活用しているのがロマン派の作曲家、ロベルト・シューマンです。
【実例:シューマン『アラベスク』作品18】
シューマンの名曲『アラベスク』の左手のバスパートを見てみましょう。ここには、スタッカートが付された低音が何回か登場します。

このスタッカートは、決して「短く跳ねて弾く」だけのものではありません。
スタッカートにすることで、低音の響きを濁らせず、かつ「一音一音の存在感を際立たせる」という効果を狙っています。
スタッカートによって音が独立することで、バスのラインがぼやけずに美しく響き、曲全体の骨組みがはっきり見えるようになるのです。
このように、「響かせるためのスタッカート」という奏法が存在することを知ると、ペダルとの組み合わせや打鍵の意識も変わってくるでしょう。
アーティキュレーションの深みを知れば、演奏はもっと自由になる

今回ご紹介したフェルマータとスタッカートの解釈は、一般的なピアノ教本にはあまり詳しく書かれていないかもしれません。
しかし、これら「アーティキュレーション」と呼ばれる記号たちは、決して単純一律な奏法ではありません。
記号をパッと見て、何も考えずに音を跳ねたり伸ばしたりするのは、いわば「棒読み」の音読と同じです。
「なぜここにフェルマータがあるのか?」
「このスタッカートは、音を切り離したいのか、それとも響かせたいのか?」
そうやって記号の「意味」を深く考えるプロセスこそが、ピアノ演奏の醍醐味であり、表現の奥深さなのです。
まとめ

ピアノの練習中、楽譜に書かれた記号に迷ったら、一度その言葉の語源や背景に目を向けてみてください。
- フェルマータは「停止」: 音楽の流れを止め、空間をコントロールする。
- スタッカートは「分離」: 音を独立させ、明瞭さや強調を生む。
これらのことを頭の片隅に置いておくだけで、あなたの演奏の幅はぐっと広がります。
次にピアノに向かうときは、ぜひ「記号の向こう側にある意図」を探りながら、新しい音の世界を楽しんでみてください。
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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

