
「あなたにはセンスがない。音楽を感じることができていないわね」
かつて、私は信頼していたピアノの先生からそう告げられました。
その時の、目の前が真っ暗になるような感覚を今でも鮮明に覚えています。
「センス」という言葉は、時に残酷です。
それはまるで、生まれ持った者だけが許される特権のように響き、持たざる者はどれだけ努力しても辿り着けない壁のように感じられるからです。
もし今、あなたが「自分にはピアノのセンスがない」と悩み、音楽の神様に愛されなかった自分を呪っているとしたら、この記事を最後まで読んでみてください。
かつて「センスがない」と断言された私が、どうやって「音楽という言葉」を理解できるようになったのか。その実体験をお話しします。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
「センス」という言葉に縛られていた日々

「このまま練習を続けても、感じることができない人は、一生感じられないままよ」
結果が出なかった実技試験の後、追い打ちをかけるように言われたこの言葉は、私の心をポッキリと折りました。
当時の私は、まさに「課題をこなすマシーン」でした。
楽譜通りに指を動かし、両手で弾けるようにする。
先生に指摘された強弱や表現を、言われたことだけ修正する。
それは「音楽」ではなく、ただの「作業」だったのです。
「生まれつきセンスがある人は、最初から音楽が体の中に流れているんだろうな。私とは住む世界が違うんだ」
そう自分に言い聞かせて、諦める理由を探していました。
友人の一言が変えた、私の「聴く」姿勢

そんな絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、ピアノ仲間の友人が何気なく放った一言でした。
「ねえ、もっとたくさん音楽を聴いてみたら?」
恥ずかしながら、それまでの私は、自ら積極的に他人の演奏を聴くということをしてきませんでした。
自分が弾く曲の参考音源を数回聴く程度。他人の演奏を聴く暇があるなら、1分でも長く鍵盤に向かうべきだと思い込んでいたのです。
しかし、その日から私の生活は一変しました。
移動中はYouTubeで古今東西の著名なピアニストの演奏を浴びるように聴き、週末は演奏会に足を運びました。
それだけではありません。自分が出演するわけでもない学年の実技試験、卒業演奏会、大学院の修士演奏まで、あらゆる「生の演奏」を聴きに行きました。
大きくて有名なコンクールがあれば、朝から晩まで会場の椅子に座り続けました。お尻が痛くてたまらなくなっても、ひたすら聴き続けました。
「センス」の正体は、膨大なインプットによる「言語化」だった

そうして狂ったように他人の演奏を聴き続けているうちに、私の中に変化が起きました。
これまでは「音」としてしか聞こえていなかったものが、意味を持った「言葉」として聞こえ始めたのです。
「あ、今のフレーズの持っていき方は、ここに音楽の頂点を持ってくるためだろうな」
「ちょっと和声が変わった。ここに作曲家のこだわりが込められているに違いない」
客観的に人の演奏を聴き続けるという行為は、自分の中に「音楽の辞書」を作っていく作業でした。
ある日のレッスンで、先生が驚いた顔をしてこう言いました。
「……やっと、あなたと音楽の言葉が通じるようになってきたわね」
その時、確信しました。センスとは、決して生まれつきの魔法ではありません。
それは、「どれだけ質の高い音楽を、客観的な視点を持って自分の中に蓄積してきたか」という、極めて後天的な経験値の差だったのです。
センスがないと悩むあなたへ。今すぐ「聴く」べき理由

もし今、あなたがセンスのなさに絶望しているなら、一度ピアノを弾く手を止めてもいい。
その代わりに、これ以上できないというくらい、徹底的に他人の演奏を聴きに行ってください。
ここで大切なポイントが一つあります。
それは、「上手な人の演奏だけを選ばない」ということです。
- 世界的な巨匠の演奏
- コンクールでしのぎを削る学生の演奏
- まだたどたどしい初心者の演奏
- 正直「あまり上手ではないな」と感じる演奏
そのすべてに学びがあります。
「なぜこの演奏は心地よいのか?」「なぜこの演奏は退屈なのか?」を客観的に分析しながら聴く習慣は、そのまま自分の演奏を客観視する力に直結します。
よく「自分の演奏を遠くから聴いている、もう一人の自分を想像して弾きなさい」と言われますが、他人の演奏を聴く経験がない人に、その「もう一人の自分」は宿りません。
結論:センスは磨ける。音楽の言葉を覚えよう

私は今でも、試行錯誤の途中にいます。
生まれつきの天才たちに嫉妬しなくなる日は、一生来ないかもしれません。
けれど、今の私は「センスがない」という言葉を恐れてはいません。なぜなら、センスは知識と経験によって、後からいくらでも補い、磨き上げることができると知ったからです。
「センスがない」と言われたのは、あなたが音楽に向いていないからではなく、まだ「音楽という言葉」を覚えるためのインプットが足りていないだけ。
まずは、お尻が痛くなるまで誰かの演奏を聴くことから始めてみませんか?
その先に、あなただけの音楽が必ず待っています。
演奏会情報・無料個別相談はLINE公式アカウントから
演奏会への出演情報のご案内、ピアノや練習に関する個別のご相談はLINE公式アカウントでお知らせ・やり取りします。
ご相談は1対1のやり取りとなり、他の方に内容がみられることはありません。
配信は必要なときのみ行っていますので、お気軽にご登録ください。

筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

