
ピアノを長く続けていると、ふと「自分の演奏には何かが足りない」と感じる瞬間はありませんか?楽譜通りに弾けているはずなのに、どこか機械的で、音楽が死んでいるような感覚。
私は4歳からピアノを始め、日本の音楽高校、音楽大学、音楽大学大学院で専門的に学んできました。しかし、学生時代から社会人に至るまで、数回にわたり経験した海外でのレッスンは、それまでの私の「ピアノの常識」を根底から覆すものでした。
今回は、私が現地の教授陣から肌で感じた「日本と海外の音楽教育の決定的な違い」について、実体験をもとにお話しします。
筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。
突きつけられた「聴く」と「聞く」の差。音を捉える本当の意味

最初の大きな衝撃は、高校生の時に参加したヨーロッパ研修旅行でのレッスンでした。現地の教授から言われた言葉が、今でも耳に焼き付いています。
「あなたは、自分の音をきいていない」
当時の私は、正直戸惑いました。「えっ、ちゃんと耳に入っているし、きいているよ」と心の中で反論したのを覚えています。
しかし、先生が仰っていたのは、単に音が耳に届く「聞く(Hear)」ではなく、意識して注意深く音を捉える「聴く(Listen)」のことだったのです。
この言葉の真意を本当の意味で理解できたのは、大学に入ってからのことでした。
恩師のアドバイスで「部屋の電気を消して、真っ暗な中でピアノを弾く」という試みをしたとき、私は愕然としました。
暗闇の中では、いかに自分が「視覚(楽譜や鍵盤の位置)」に頼り、肝心の「音」そのものに集中していなかったかが浮き彫りになったのです。
指が正しく動いているかではなく、今鳴った音がどんな色をしていて、どう空間に消えていくのか。それを極限まで研ぎ澄ませて聴くこと。
これが、表現力を磨くための第一歩だと知ったのです。
楽譜の向こう側にある「ファンタジー」。音楽を創造する喜び

次なる衝撃は、大学院生のときに短期留学で行ったハンガリーのリスト音楽院でのレッスンでした。そこでの指導は、まさに「創造の嵐」でした。
ある先生のレッスンでは、音楽が音符という枠を軽々と超え、どこまでも豊かな想像力に満ちた物語として紡がれていきました。
先生の仕草、言葉選び、そして醸し出す空気感。そのすべてが、一つの音楽を作り上げるための要素となって私に迫ってきました。
それは、これまでの人生で感じたことのない、言葉にするのが難しいほどファンタジーに満ちた感覚でした。
「ああ、音楽ってこうやって『作る』ものなんだ」と、魂が震えるような実感を伴う体験でした。
音符をなぞるのではなく、音符の裏側にある情景や感情を、自分の想像力で肉付けしていく。
あの衝撃的な体感は、それまでの私の「練習」という概念を、「創造」へと変えてくれました。
コロナの流行によって滞在期間が予定より短くなってしまったことは唯一の心残りですが、あの時触れた「音楽の躍動感」は、今も私の演奏の核となっています。
「正確さ」を求める日本と、「意味」を問う海外

こうした経験を経て、改めて確信したことがあります。それは、日本と海外の音楽教育における「優先順位」の違いです。
先生が横で弾く音の美しさ、そして楽譜にとどまらない音楽の躍動感を肌で感じる中で、私は日本と海外のアプローチの差をこう定義しました。
- 日本の教育: 「間違えずに弾く」「きちんと音を鳴らす」という「正確さ」を徹底的に重視する。
- 海外の教育: 「音の意味を考える」「多少音を外しても、どう感じ、どう弾きたいかが最優先」。音符はそのための「手段」でしかない。
これは、日本人が持つ真面目さや、自分の意見を言うのを遠慮しがちな性質も関係しているかもしれません。海外の人たちは、自分の意見をはっきりと言います。
かつての私も、自分の考えを聞かれても言葉にできず、黙ってしまう一人でした。
しかし、音楽において大切なのは「正解」を出すことではなく、「意志」を持つことです。
ミスはもちろん少ない方がいいですが、そこに「私はこう弾きたい」という強いメッセージがあれば、それは音楽として成立する。
その自由さに触れたとき、私のピアノは少しずつ変わり始めました。
今いる世界だけがすべてじゃない。広い視点を持つ大切さ

正直なところ、時間とお金が許すなら、私ももっと長く、どっぷりと海外の空気に浸かって学びたかったというのが本音です。
それほどまでに、異文化の中で触れる音楽は刺激的でした。
しかし、だからといって「海外の先生が素晴らしくて、日本の先生がダメだ」と言いたいわけではありません。
日本にもとんでもなく優秀な先生はたくさんいらっしゃいますし、海外へ行っても、師事する先生との相性が悪ければ、かえって下手になってしまうことだって十分にあり得ます。
大切なのは、「今、自分がいる世界だけがすべてではない」と知ることです。
「正しく弾かなければならない」というプレッシャーに押しつぶされそうになったとき、あるいは自分の演奏に限界を感じたとき、全く違う視点があることを知っているだけで、救われることがあります。
もしあなたが今、ピアノの前で行き詰まっているなら、一度電気を消して音だけに耳を澄ませてみてください。あるいは、その曲に自分だけの物語をつけてみてください。
短い期間でしたが、海外で違った視点のレッスンを受けられたことは、私にとって何物にも代えがたい幸運でした。
その経験から得た「音楽の自由さ」を、今度は私のレッスンを通じて、多くの生徒さんに伝えていきたいと思っています。
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筆者プロフィール:
4歳よりピアノを始め、埼玉県立大宮光陵高校音楽科、東京音大ピアノ演奏家コース、同大学院修士課程を修了。コンクール受賞歴多数。奨学金授与、短期留学を経験し、現在は演奏活動と並行し累積50名以上の指導に携わる。現役奏者の視点から、ピアノ上達のヒントや本番に強いメンタル術を発信中。

