
ピアノコンクールのステージ。練習では完璧に弾けていたはずなのに、本番で指が滑ってしまった……。そんなとき、頭が真っ白になり「もう終わりだ」と絶望してしまう方は少なくありません。
「ピアノコンクールでミスタッチをしたら、即減点されて予選落ちしてしまうのか?」
この問いに対する答えは、実は「ミスの内容と、その後の演奏次第」です。
今回は、コンクールの採点におけるミスタッチの本当の影響と、審査員がミス以上に重視しているポイントについて、深く掘り下げていきます。
筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。
ミスタッチの「質」によって減点幅は大きく変わる

一口にミスタッチと言っても、その影響度はさまざまです。
まず、最も注意すべきは「曲の流れを止めてしまうミス」です。
暗譜が飛んでしまったり、大きなミスをして演奏が中断してしまったりする場合、これは残念ながら大きな減点対象となります。
音楽は時間の芸術であり、その流れを断ち切ることは、作品の構成を損なうと判断されるからです。
一方で、一瞬音がかすった、あるいは隣の音を少し触ってしまったという程度の「軽いミスタッチ」であれば、それだけで即不合格になることは稀です。
もちろん、曲の聴かせどころや、象徴的な和音、静寂の中の一音など、目立つ場所でのミスは印象を左右しますが、それ一回で演奏の価値がゼロになるわけではありません。
【筆者の経験談】「完璧な演奏」が評価されず、「伝えたい想い」が届いた瞬間

私もかつて、ミスタッチを過剰に気にしていた時期がありました。
「本番でミスをしたらどうしよう」「暗譜が飛んだら終わりだ」……。
学年が上がるにつれ、純粋に「楽しく弾く」という気持ちは薄れ、いつの間にか「失敗を恐れる」ことばかりにエネルギーを使うようになっていたのです。
そんな中、あるコンクールで自分でも驚くほど完璧に、一音も外さずに弾ききれたことがありました。「これはいけた!」と確信したのですが、結果はまさかの予選落ち。
後から先生や親に感想を聞くと、返ってきたのは「つまらなかった」という一言でした。「音がこちらに飛んでこなかった」とも言われ、当時の私は「ミスなく弾いたのになぜ?」と激しく悩み、落ち込みました。
転機となったのは、その次のコンクールです。
「もう上手に弾こうと思わなくていい。ミスも気にせず、ただこの曲の良さを聴いている人に伝えよう」と開き直って舞台に立ちました。
結果は予選通過。それまでとは比較にならないほど高い評価をいただくことができたのです。
もちろん、これらの結果はたまたまだったのかもしれません。
ですが、私の体感としても、周りからの反応にしても、ミスを恐れていた時の演奏はどこか伸びがなく、「ただ指が動いているだけ」の状態になっていたのだと思います。
本番を前にして「ミスをしたらどうしよう」と不安になるのは、誰にでもある自然な感情です。けれど、そこで本来の目的を見失わず、目の前の音に心を込められる人こそが、本当の意味で「本番に強い人」なのだと私は信じています。
入賞者でも「完全無欠のノーミス」は意外と少ない

大きなコンクールになればなるほど、演奏曲数は増え、難易度も上がります。
実は、予選を通過する人や上位入賞者であっても、最初から最後まで一音の狂いもなく弾き切る人は、そう多くありません。
トップレベルの奏者たちは、たとえミスをしても、それを感じさせない「リカバリー能力」に長けています。
具体的には、ミスをした瞬間に「あ、やってしまった」という表情を一切顔に出しません。何事もなかったかのように、瞬時に次のフレーズの音色や響きに没頭し、音楽の集中力を途切れさせないのです。
審査員は、一箇所のミスを血眼になって探しているわけではありません。
むしろ、ミスを恐れて守りに入ったこじんまりとした演奏よりも、多少の傷があっても作品の核心に迫ろうとするエネルギーのある演奏に心を動かされます。
採点において「ミスをしないこと」より大切な3つの要素

コンクールの採点表で、ミスタッチの有無以上に評価を左右するのは、以下のような要素です。
① 作曲家と作品への深い理解
その曲が書かれた背景や、様式感を正しく理解しているか。
バロック、古典、ロマン、近現代、それぞれのスタイルにふさわしい音色や語り口を持っているかどうかが厳しく問われます。
② 練り上げられた技術と表現力
ただ指が回るだけでなく、フレーズの歌わせ方、和声感、音のバランスなどが、意図を持ってコントロールされているか。
細部まで徹底的に磨き上げられた演奏は、少々のミスを凌駕する説得力を持ちます。
③ 聴衆に届く「音楽のメッセージ」
これが最も重要かもしれません。楽譜に書かれた情報を音にするだけでなく、そこから何を読み取り、聴き手に何を伝えたいのか。演奏者の魂が音に乗っているかどうかを、審査員は聴いています。
「ミスへの恐怖」が演奏の目的をすり替えてしまう

「絶対にミスをしてはいけない」という強いプレッシャーは、時に演奏を壊してしまいます。ミスを恐れすぎると、意識が自分の指先ばかりに向き、音楽が内向きになってしまいます。
その結果、音は響きを失い、表現は硬くなり、本来届けるべき「音楽の喜び」が消えてしまうのです。
ここで誤解してはいけないのは、「ミスを気にしなくていい=練習をしなくていい」ということではありません。むしろ、練習の「質」を変化させることが重要です。
「ミスをしないための練習」は、どうしても守りの姿勢になり、脳も指も硬直させがちです。一方で、「自分が表現したい音を出すための練習」は、理想の響きを追求する攻めの姿勢です。
極限まで作品を練り込み、「この音をこう響かせたい」という明確な意志を持って練習を重ねることで、結果として技術的な精度も上がり、本番でのミスも最小限に抑えられるようになります。
コンクールの目的は、間違い探しをすることではありません。あなたの音楽を披露し、作品の魅力を伝える場です。ミスをしないことは手段であって、目的ではないはずです。
「ミスをしないように弾く」のではなく、「この作品をどう響かせたいか」に集中すること。
その意識の転換が、結果としてミスの少ない、そして何より魅力的な演奏を引き寄せます。
まとめ:ミスはしないに越したことはない、けれど……

結論として、ピアノコンクールにおいてミスタッチは、致命的なものでない限り、決定的な敗因にはなりません。
もちろん、ミスはないに越したことはありません。しかし、それ以上に大切なのは、作品を深く理解し、極限まで練り込み、自分の信じる音楽を聴衆に届けようとする姿勢です。
もし本番でミスをしてしまっても、そこで音楽を諦めないでください。その後の1小節、1フレーズに全精力を注ぎ込みましょう。
あなたの音楽が真摯であれば、審査員の耳には、一時のミスを超えた「素晴らしい音楽」が必ず届くはずです。

筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

