♯130 「優雅」とは程遠い?音大生の日常は練習室の争奪戦から始まる


はじめに:ピアノの音色を響かせる「場所」を奪い合う日々

音楽大学のキャンパスを歩けば、どこからともなく美しいピアノの旋律が聞こえてきます。一般の方から見れば、それは音大ならではの優雅で芸術的な光景に映るかもしれません。

しかし、その扉の向こう側にいる学生たちにとって、練習室という空間は、決して当たり前に与えられるものではありません

ピアノ専攻の学生にとって、一日の練習時間をいかに確保するかは、技術を磨くことと同じくらい死活問題です。

そこには、予約システムとの戦い、ライバルとの駆け引き、
そして自分自身の限界との対峙があります。

私が過ごした音高・音大時代の、泥臭くも必死だった「練習室サバイバル」の記憶を紐解いてみたいと思います。

筆者プロフィール:
4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。

1. 大学時代の「潜り込み」と「部屋渡り」の日常

私の通っていた大学では、練習室は2日前からのネット予約制でした。しかし、一度に確保できるのは最大でも2時間まで。

1日に5時間、6時間と練習を積み重ねる必要があるピアノ科の学生にとって、この「2時間」という枠はあまりにも短すぎました。

予約できない時間は「潜り込む」

そこで私たちは、予約した時間が終わると、空いている部屋を狙って「潜り込む」という手法を取ります。予約が入っていない隙間時間を探し、誰かが来るまで練習を続けるのです。

もちろん、本来の予約者が現れれば「ごめんなさい」と頭を下げて部屋を出なければなりません。運が悪い日は、一日のうちに5つもの部屋を転々とすることもありました。

夜になれば、閉館を告げる放送が流れるまで鍵盤に向かいます。キャンパスによりますが、21時や22時といった閉館ギリギリまで、校舎には誰かのピアノの音が響いていました。

重いリュックを背負い、静まり返った廊下を歩きながら、隣の部屋からも漏れ聞こえる音に「みんな頑張っているな」と自分を奮い立たせる。
そんな毎日が、私たちの「普通」でした。

2. 音楽高校時代、始発のバスから始まるデッドヒート

大学時代も過酷でしたが、振り返れば音楽高校時代の練習室争奪戦は、さらに肉体的な厳しさを伴うものでした。

当時の放課後の練習室予約は、当日朝7時半から掲示される「予約用紙」に名前を書くスタイル。良いコンディションのピアノがある部屋を確保するためには、誰よりも早く登校しなければなりません

私は毎日、5時台の始発列車に乗り込み、学校へと向かっていました。

勝負はバス停を降りた瞬間から

勝負が決まるのは、最寄りのバス停に到着した瞬間です。
早朝組のメンバーはだいたい顔ぶれが決まっており、同じバスから降り立ちます。バスのドアが開いた瞬間、全員が「予約用紙」に名前を書くために学校へと向かいます。そこからは、校門までの激しいデッドヒートです。

先輩だろうが後輩だろうが関係ありません。できる限りの早歩きで、時には小走りで、一人でも多くのライバルを追い抜いていく。

無事に7時半に名前を書き終えた時の達成感は、本番を終えた後の安堵感に近いものがありました。

3. 5時間の練習時間を捻出するための代償と情熱

こうして必死に確保した時間は、私の血肉となりました。

朝7時半に予約を済ませた後は、授業が始まる8時半までの1時間を朝練に充てます。そして放課後、予約していた2時間に加え、残る人が少ない時間帯を狙ってさらに2時間延長。

学校内だけで、平均5時間の練習時間を確保していました。

練習時間確保の代償

しかし、これだけの時間を音楽に捧げることには、当然ながら代償もありました
早朝からの活動と、防音室という密閉空間での極限の集中力。その反動は、一般教養の授業中に容赦なく襲ってきます。

音楽以外の授業も積極的に参加したい気持ちとは裏腹に、とてつもない眠気に襲われ、必死に瞼を押し上げる日々でした。今思えば、それほどまでに心身のすべてをピアノに注ぎ込んでいたのだと感じます。

学生時代、隙間時間さえあれば練習室にこもっていた私のようなタイプは、もしかすると周囲からは少しストイックすぎると見られていたかもしれません。

ですが、ただひたすらに音と向き合っていた時間は、何物にも代えがたい濃密なものでした。

おわりに:あのがむしゃらな日々が、今の私を支えている

閉館時間ギリギリ、重い足取りで練習室の重厚な扉を開け、廊下に出る。
その瞬間に聞こえてくる、他の部屋からの微かな楽器の音。

それは、自分と同じように音楽や自分と向き合い続けている仲間がそこにいるという確かな証でした。

今振り返ると、あんなに何かに「がむしゃら」になれた日々は、最高に幸せな時間だったのだと感じます。当時は必死で、体力的にも精神的にも楽ではありませんでしたが、一つのことに全てを捧げられる環境に身を置けたことは、人生の宝物です。

もちろん、それだけ練習を重ねても、世の中にはもっと練習し、もっと高みを行く「上」の存在がいくらでもいることを痛感させられる場所でもありました。

自分の未熟さに打ちひしがれることもありましたが、その悔しささえも、あの日々の懐かしい一部です。

学生時代とは環境も立場も変わりましたが、真剣に練習を取り組んだ日々は、今も私を支えています。形を変えても、私はこれからもあの日々のように、がむしゃらに音楽と向き合い続けたいです。

筆者プロフィール:

4歳からピアノを始める。音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続けている。


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