「毎日1時間練習しているのに、なかなか上手くならない」
「指は動くようになったけれど、自分の演奏に納得がいかない」
ピアノに向き合っていると、そんな壁にぶつかることがよくあります。かつての私もそうでした。楽譜をなぞり、間違えずに弾くことばかりに必死で、時間だけが過ぎていく毎日。
しかし、ある時気づいたのです。上達を左右するのは「練習時間」ではなく「練習の質」であるということに。
もし、今の知識を持ったままピアノを始めたばかりの自分に会えるなら、私は迷わずこう伝えます。「がむしゃらに弾く前に、この3つのことを大切にして」と。
4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける筆者が、
ピアノが劇的に変わる、練習で大切な3つの本質についてお話しします。
1. 自分の「音」を誰よりもよく聴くこと
まず、何よりも伝えたいのは「自分の出している音をよく聴く」ということです。
当たり前のことのように思えますが、実は多くの人が「指を動かすこと」に意識の8割を割いてしまい、「耳」がおろそかになっています。
ピアノは鍵盤を押せば音が出る楽器ですが、
・その一音一音がどんな響きをしているか
・最後まで響きが残っているか、隣の音とどうつながっているか
それを聴き届けることが、演奏の質を決定づけます。
なぜ自分の音を聴くことがこれほど重要なのか。それは、耳こそが最高の先生だからです。
自分の音を客観的に聴けるようになると、
「今の音は少し硬かったな」「このフレーズの終わりが雑だったな」
という微細な違和感に気づけるようになります。この「気づき」こそが、修正への第一歩です。
具体的には、自分の演奏を録音して聴いてみるのが一番の近道です。
弾いている最中には気づかなかったリズムのヨレや、音色のムラに驚くはずです。
自分の音を聴く習慣がつくと、タッチが繊細になり、ピアノがまるで歌っているかのように響き始めます。
2. 楽譜と自分の音に「疑問」を持つこと
次に大切なのは、楽譜や自分の演奏に対して「本当にこれでいいのか?」という疑問を持ち続けることです。
楽譜に書かれた音符や記号を、ただの作業として処理してはいけません。
「なぜここにスタッカートがついているのか?」「なぜこの音はフォルテなのか?」と、
作曲家の意図を深く探る姿勢が不可欠です。
言葉の意味を理解せずに文字だけを追っても、聞き手の心には響きません。
楽譜の背後にある物語や、音の重なりが持つ意味を問い直すことで、
初めて演奏に説得力が生まれます。
例えば、ある一節で「何もの直すところが見つからない」と感じたら、
「本当にここの音はこれでいいのか?」「もっと良い響きが出せるのではないか?」と疑ってみてください。
いろいろなタッチを試したり、上手な人の演奏を聴いたりしてみると、もっと良い弾き方があることに気がつくはずです。
「なんとなく」を排除し、「なぜ?」を繰り返す。
この知的な作業が、あなたの演奏を単なる「作業」から「芸術」へと昇華させていくのです。
3. 練習前に「その日の具体的な目標」を決めること
最後に、練習の効率を劇的に高めるための戦略的なアドバイスです。
それは、ピアノの蓋を開ける前に「今日のゴール」を明確に決めることです。
「今日はこの曲を最初から最後まで3回弾こう」といった漠然とした目標は、
実はあまり意味がありません。
脳は目標が具体的であればあるほど、その解決に向けてフル回転するからです。
練習時間が30分しかないのなら、その30分をどう使うか。
「今日は14小節めから、30小節めまででどんな音を出したいか明確にしよう」
「こことここのフレーズの方向性を意識して練習しよう」
このように、範囲を絞り、具体的な「状態」を目標に設定してください。
なんとなく「良く弾けるようにしよう」といった、ざっくりした抽象的な目標を立てないようにしましょう。
目標を細分化すると、小さな「できた!」という成功体験を積み重ねることができます。
この達成感こそが、練習のモチベーションを維持する最大のエネルギー源、かつ確実に練習の質を高める材料となります。
昔の私は、ただ漫然と全曲を弾き通すことで「練習した気」になっていました。
しかし、1時間の漫然とした練習よりも、15分間の集中した「課題解決」の方が、
はるかに上達を早めてくれるのです。
筆者の経験談:「指が回るだけ」の練習を変えた転換点
私はこれまで、「指はまわるけれど、細かい表現ができていない」「大きな流れはあるけど、演奏に緻密さがない」といった指摘を何度も受けてきました。
今振り返れば、ゆっくり練習や部分練習といった地道な作業を避け、
何も考えずに勢い任せで最初から最後まで通す練習ばかりしていたことが原因だったと感じています。
今でも、油断するとつい無意識に弾き飛ばしてしまいそうになるため、
常に自戒しながら練習に向き合っています。
師事している先生から
「勢い任せの速い練習ばかりで、自分の出している音を全く聴けていないし、音作りができていない」と厳しく指摘されたことが、私の練習に対する意識の転換点となりました。
以来、今回挙げた3つのポイントを常に心がけています。
まだ道半ばではありますが、最近ようやく、少しずつ細かい表現が形になり始めているように思います。
まとめ:最高の練習は「意識」から始まる
ピアノの上達に魔法はありません。しかし、今回お伝えした3つのこと——「音を聴く」「疑問を持つ」「目標を決める」——を意識するだけで、あなたのピアノライフは確実に変わります。
- 耳を研ぎ澄ませて、自分の音の響きを愛すること。
- 楽譜のメッセージを読み解こうと、常に問い続けること。
- 限られた時間の中で、明確なゴールを目指すこと。
これらはすべて、指のテクニック以前の「心の持ちよう」の話です。
しかし、このマインドセットがあるかないかで、1年後、5年後の景色は全く違うものになります。
もしあなたが今、練習に行き詰まりを感じているのなら、一度指を止めてみてください。
そして、今日から一つだけでいいので、この「意識」を練習に取り入れてみてください。
あなたの奏でる音が、より深く、より美しく変わっていく喜びを、
ぜひ体感してほしいと願っています。



コメント