♯117 『上手に弾こう』と思うほど伝わらない?演奏の本当の目的とは

ピアノ教育とレッスンの工夫

「もっと上手に弾かなきゃ」
そう思えば思うほど、なぜか音楽が固くなってしまう——
そんな経験はありませんか

音を外さないように、ミスをしないように、評価を下げないように。
気がつけば演奏の意識が“守り”に入り、本来の音楽の流れが失われてしまうことがあります。

私たちは、何のために演奏しているのでしょうか

4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける筆者が、

「上手に弾こう」と思うことで、かえって伝わらなくなる理由と、
演奏の本当の目的について考えてみたいと思います。


結論|演奏の目的は「上手さ」ではなく「伝えること」

結論から言えば、
演奏の目的は「上手に弾くこと」そのものではありません

本当の目的は、
作品の魅力や音楽の良さを、聴いている人に届けることです。

もちろん、技術は大切です。
ですが「上手に弾く」ことが目的になった瞬間、
音楽は自己完結し、外へ届かなくなってしまいます。


「上手に弾こう」とすると起こる変化

「上手に弾こう」と強く意識すると、演奏には次のような変化が起こりがちです。

  • ミスを恐れて音楽が小さくなる
  • フレーズの流れより指の動きに意識が向く
  • 音楽を“感じる余裕”がなくなる
  • 聴き手の存在が消える

これは決して能力不足ではありません。
目的がズレてしまっているだけなのです。

演奏の軸が「評価」や「点数」、「失敗しないこと」に移ると、
音楽は自然と縮こまってしまいます


私たちは何のために演奏するのか

コンクールや試験、発表会など、
演奏の場には必ず「評価」がつきまといます。

ですが、本来演奏とは、

  • 作曲家が書いた音楽を
  • 自分の身体を通して
  • 目の前の人に手渡す行為

です。

良い点数を取るためでも、
「うまいね」と言われるためでもなく、
音楽そのものを伝えるために弾いているはずです。


筆者の経験談|「間違えずに弾くこと」が目的になっていた本番

私にも、目的が“音楽を伝えること”ではなく、
“間違えずに弾くこと”になってしまっていた本番は、たくさんあります。

「ミスなく弾けますように」
それしか考えられていなかったこともありました。

数多くのコンクールや本番を経験してきた今、はっきりと言えるのは、
“間違えずに弾くこと”だけを考えていたときの演奏は、決して良い演奏ではなかったということです。

録音をあとから自分で聴いても、「どこか守りに入っていて、微妙だな」と感じることが多く、
審査員や親など、周りからの評価も決して良いものではありませんでした。

一方で、
「多少のミスはあってもいい。とにかく、この音楽を伝えたい」
そう思って演奏した本番の方が、結果的に自己評価も他己評価も高かったのです。

もちろん、致命的なミスは演奏全体に大きく影響します。
けれども、「ミスしないこと」に意識を向けすぎると
かえってミスを招いてしまう――そんな心理的側面も、確かにあります

どんな不安に襲われても、
「何のために、この作品を演奏するのか」
そこに立ち返って演奏することを、私はいつも心がけています。


「伝えよう」とすると音楽が動き出す

不思議なことに、
「このフレーズを届けたい」
「この音の美しさを感じてほしい」
そう思った瞬間、演奏は自然に変わります

  • 呼吸が入り
  • フレーズに方向が生まれ
  • 音に意味が宿る

技術的に何かを変えなくても、
意識の向き先が変わるだけで音楽は動き出すのです。


技術は「目的」ではなく「手段」

誤解してほしくないのは、
「上手に弾かなくていい」という話ではありません。

技術は必要です。ですがそれは、

伝えるための手段

であって、

目的そのものではない

ということ。

この順番が逆になると、
演奏は苦しくなり、音楽は遠ざかってしまいます。


本番で迷ったときのシンプルな問い

もし演奏中や練習中に迷ったら、
こんな問いを自分に投げかけてみてください。

「今、この音楽を誰に、何を伝えたい?」

この問いに戻るだけで、
演奏の軸は自然と音楽のほうへ戻っていきます


まとめ|演奏の中心に置くべきもの

  • 「上手に弾こう」と思いすぎると、音楽は届きにくくなる
  • 演奏の本当の目的は、作品の魅力を伝えること
  • 技術は目的ではなく、伝えるための手段
  • 聴き手を意識した瞬間、音楽は自然に流れ始める

上手さを追い求めること自体は悪くありません。
ですが、その先にある「誰かに音楽を手渡す喜び」を忘れないこと

それこそが、
演奏を生きたものにする一番の近道なのだと思います。

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