ピアノを弾くとき、つい「指」や「腕」のことばかり意識してしまいがちですが、
実は音楽の流れを大きく左右するのは 呼吸 です。
フレーズの合間にひと呼吸入れるだけで、音楽の方向性や立ち上がりが驚くほど滑らかになり、
次の音への入り方まで自然になります。
私自身、大学院で受けた指揮法の授業を通して、呼吸ひとつで音楽が変わる体験を何度もしました。
その感覚はピアノにも応用でき、いまでは演奏に欠かせない大切な要素になっています。
呼吸があると音楽が自然に立ち上がる
演奏の途中で一度呼吸をすると、次に始まる音楽の“流れ”が明確になります。
呼吸の深さや速さによって、これから始まる音楽のキャラクターが変わるため、
表現の幅もぐっと広がります。
浅く吸えば軽く透明な響きに、
深く吸えば豊かで柔らかい響きに。
呼吸のニュアンスだけで、音楽の雰囲気は大きく変化します。
呼吸が音楽に影響する理由
ピアノは息を使わずに音が鳴る楽器ですが、音楽そのものは“歌”から成り立っています。
歌うとき、私たちは自然に呼吸をし、その呼吸がフレーズを生んでいます。
ピアノ演奏にも同じ原理が働き、呼吸が整うと音の流れが自然にまとまります。
大学院で学んだ指揮法のレッスンでは、特に呼吸の大切さを実感しました。
・指揮者が速く吸えば(速く指揮棒を振れば)、オーケストラが勢いのある音を出す
・ゆっくり吸えば(ゆっくり指揮棒を振れば)、柔らかく落ち着いた音になる
・深く吸えば、音に重心が生まれる
指揮者は音を出しているわけではありません。
それでも呼吸ひとつで音楽全体が変わるのは、“テンポ”でも“指示”でもなく、
呼吸そのものが音楽のエネルギーを司っているからです。
この発見は、ピアノにも完全に応用できます。
呼吸が演奏に反映される具体的な場面
●フレーズの始まりに呼吸を入れる
音楽と音楽の切れ目で、ひと呼吸置くと入り方が自然になります。
・軽くてテンポ感が速い曲 → 浅いブレス
・重心のある曲 → 深いブレス
・落ち着いた入り → ゆっくり長めに吸う
身体の準備が整うため、音の出だしが安定し、
方向性も自然に決まります。
●息を吐きながらフレーズを弾く
声に出さずとも、息の流れを意識するだけでフレーズがまとまります。
・高い音へ向かうときは息を前へ伸ばす
・着地するフレーズは息をそっと収める
指先より先に“息の流れ”が音楽を作るイメージです。
●呼吸でキャラクターを作れる
呼吸は、音楽自体の表情を形づくる力を持っています。
・速いブレス → 活気、明るさ
・ゆっくり吸う → 温かさ、落ち着き
・浅い吸気 → 緊張感や不安定さ
難しい理論がなくても、呼吸だけでも雰囲気をつくることができます。
呼吸がない演奏に起きること
呼吸を止めて演奏すると、次のような特徴が出やすくなります。
・音の始まりが硬い
・フレーズがぎこちない
・音と音のつながりが不自然
・表情が単調になる
・テンポが急に走る、または止まる
これらはテクニックの問題だと思われがちですが、
実は呼吸を入れるだけで改善することが多いものです。
今日から使える呼吸の練習法
●① 楽譜を見ながら、フレーズに合わせて呼吸する
実際にメロディーを声に出して歌ってみましょう。
「どこからどこまでなら一息で歌えるのか」を確認するだけで理解が深まります。
●② 弾く前に意図的なブレスを入れる
始まる音楽のキャラクターを呼吸で決めると安定します。
「どんな音楽を作りたいのか」を考えて、それに合わせて呼吸の仕方を決めます。
曲の最中であっても、フレーズが切り替わるところでは、
同じように「どのように呼吸をするのか」決めましょう。
●③ 呼吸が止まる場所を確認する
緊張を作り出すために、
意図的に呼吸を止める(息を止める)ときもあります。
・どこで緊張を作るのか
・そのために呼吸はどのように利用するのか
見極めることが大切です。
目印は、主に休符が使われている場面です。
フレーズ(音楽の流れ)を遮るような休符は、まさしく呼吸を止める箇所であるといえるでしょう。
指揮法レッスンで気づいた「音の前の呼吸」が生む音楽の違い|筆者の経験談
私は大学院のとき、3人1グループで指揮法のレッスンを受けていました。
それぞれ異なる曲に取り組み、マイ指揮棒とスコアを抱えて教室に向かっていたのをよく覚えています。
私が当時取り組んでいたのは、ブラームス作曲・交響曲第1番の第1楽章。
テレビドラマ「のだめカンタービレ」でも登場する、重厚感と威厳のある出だしが印象的な曲です。
先生からは、まずこの音楽のキャラクターをどう捉えているのかを問われました。
そのうえで、
「ではそのために、音が出る前にどのように息を吸ってどのように指揮棒を振るのかということを考えて」
と指示がありました。
私は、この曲が持つ重厚感と威厳を生かしたかったので、
「深くて意志と勢いを感じさせる呼吸」を意識しました。
しかし、先生は「悪くないけれど、もっと“空気全体をつかむ”ようにするといいよ」
と言って実際に私の目の前で振ってくださいました。
すると、同じ奏者が演奏しているにもかかわらず、
私のものとはまったく違う音楽が立ち上がったのです。
※指揮の授業では、伴奏の先生と学生で2台ピアノ編曲版で演奏していました。
先生の方が、空気がピンと張りつめるような、より引き締まった重厚な響きで、
その差に衝撃を受けました。
呼吸や身振りひとつで、こんなにも音楽そのものが変わってしまう——そんな事実を強く実感した体験でした。
この経験は、今も私が“音の前の呼吸”を大切にする原点になっています。
まとめ:呼吸は演奏を支える“見えないテクニック”
・呼吸はピアノの演奏を自然に流れさせる
・吸い方ひとつで音楽のキャラクターが変わる
・フレーズを歌うように息で導くと音がまとまる
・呼吸が止まると音楽も止まる
・日常的に呼吸を使う習慣がつくと表現力が格段に上がる
ピアノは息を吹き込む楽器ではありませんが、
音楽そのものには必ず呼吸がある
という事実は、どの演奏者にも共通します。
今日の練習で、ぜひ“呼吸のある音楽”を試してみてください。
演奏の自然さ、方向性、表情が大きく変わっていきます。



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