ピアノを弾くとき、私たちは無数の音を重ねて音楽をつくっています。
ですが、本当に“聴く人の心”を動かすのは、その最初の「一音」かもしれません。
リサイタルでも、レッスンでも、最初の一音が響いた瞬間に、会場の空気が変わることがあります。
音がまだ続いていないのに、すでに「その人の音楽」が伝わってしまう。
それが、はじめの音の力です。
4歳からピアノを始めて音高・音大・音大の院に進み、大人子ども含め累積約50名以上にピアノを教え、現役で演奏活動を続ける筆者が、
ピアノ演奏における「はじめの音」の大切さを解説します。
音を出す前の“準備”がすべてを決める
一音めは、指の動きよりも心の準備が先にあります。
鍵盤に触れる前に、呼吸を整え、音のイメージを描く。
その「沈黙の数秒」が、音の質を決めます。
よく、音を「探りながら」弾き始めてしまうことがあります。
けれど、音を出す前にすでに心の中で鳴っている音があるかどうかーーそれが、演奏の“軸”になります。
どんなテンポで、どんな空気で始めるのか。
自分の中にその世界をつくってから、そっと鍵盤に指を置く。
その一瞬の集中が、音をまっすぐ届けてくれます。
「出す音」ではなく「届く音」を意識する
はじめの一音を弾くとき、「どんな音を出そう」と思うよりも、
「どんな響きを空間に残したいか」を考えると、音が自然に変わります。
例えば、バッハなら祈るように、モーツァルトなら明るく澄んでいるように、
ショパンなら語りかけるように──。
作曲家ごとに、音の“生まれ方”が違います。
ピアノは打楽器でもありますが、ただ叩くだけでは音は伝わりません。
音が出たあとに広がる響きの余白を感じること。
それが“届く音”への第一歩です。
はじめの音に込める“自分の時間”
ステージに立つとき、心拍数は上がり、呼吸も浅くなります。
それでも、最初の音を出すその瞬間だけは、
自分の時間を取り戻すように、ゆっくり深呼吸をしてみてください。
観客が静まり返るその瞬間は、
演奏者が“音を選ぶ自由”を持てる、かけがえのない時間です。
はじめの音を「怖い」と思うのではなく、
「この一音から始められる喜び」として受け止める。
それだけで、音が優しく変わります。
毎日の練習でできる小さな習慣
・スケールの最初の音を“心でイメージしてから”弾く
・フレーズの最初の音だけを意識して練習してみる
・音を出す前に「どんな空気で弾きたいか」を1秒考える
この三つを続けていると、自然に音の出し方が変わります。
一音で音楽が始まる感覚が、少しずつ育っていきます。
ひとフレーズめで聴いてもらえるか決まる|筆者の経験談
私がピアノを習っていた先生が、こう言っていました。
「最初のひとフレーズを聴けば、だいたい上手か下手か分かる。そこで興味をそそらなければ聴くのをやめてしまう先生もいる。」と。
自分の実体験から言っても、たしかに一音めからひきつけられる人と、そうでもない人の演奏は、その後の聴き方が変わる気がしています。
逆に言えば、一音めからひきつけられれば「お、この子上手そうだな」とそれだけでいい印象をつくれます。
(コンクールなど人と競う場面においては、特に有利になるはずです。)
ピアノの一音めは、人でいうところの「第一印象」。
それさえ良ければ他はなんでもいいというわけではありませんが、自分に興味を持ってもらう最初のチャンスです。
なんとなく弾き始めるのではなく、最初の一音から魂を込めた音を鳴らしたいものです。
まとめ|1音が音楽を語り始める
“はじめの音”には、あなたのこれまでの練習も、気持ちも、想いも全部詰まっています。
どんなに長い曲も、その一音から始まります。
だからこそ、その瞬間を丁寧に、大切に。
一音を美しく弾ける人は、
どんな音楽も、自分の言葉で語ることができる人です。



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